こんにちは
えりです。
この世の中は、出したものが返ってくるそうです。
出したものって何よ?
と思うかもしれませんが
言葉では説明しにくいのですが
自分の行動だけではなく、
その行動の意図、目的とか。
同じ行動をしても
意図、目的、向けた感情
など、さまざまだと思います。
自分の中にないものは
出すことができないとも言い換えられますね。
さて、じゃあその出したものって
何?というのをみてみると面白いです。
例えば、
「起きて」と
子どもに声をかけたとします。
この起きてに、
どんな意味を載せたか?
イライラしながら起こしたのか?
見守る気持ちで起こしたのか?
同じ言葉でも
まったく違うと思うのです。
その載せたものが、
出したものでもあり
「起きて」の言葉も出したものです。
そして、
その「起きて」を言われた側が受け取った人。
その受け取った人が感じたもの、
「うるさいなぁ」と不快に感じたり
「危うく寝過ごすところだった」と感謝したり
「なんでこのタイミングで声をかけんのよ」とモヤっとしたり
その受け取ったエネルギーに反応したものがあります。
反応したものと
自分が出したものには
プラスのエネルギーと呼ばれるものと
マイナスのエネルギーと呼ばれるものがあって、
それらは、勝手に相殺されず
それぞれのプラスとマイナスのエネルギーとなります。
自分で出した時のエネルギーと
それを受け取った側が感じたものが
別々に返ってくる。
って、ことは、少なくとも
自分で出すエネルギーって
調整ができるものですよね。
なので、
つべこべ言わずに
自分が嫌なものは
垂れ流さなければいいのです。
でも、わかりにくいのか
嫌なことが起こる人は
嫌なことを出しまくっている
訳ではないのです。
これと合わせてみるのは
その出来事をどう感じたか?
の自分の感覚です。
でも、ですよ?
分析ばっかりしていると
そもそも
自分が何を感じたのかわからくなりませんか?
仕事で
論理的な思考をしている人
キッチリ物事を済ませたい人。
むだなことが嫌いと感じているは
要注意ですよ。
そんな人は、自分から
めっちゃムダなことに飛び込んでみるといいですよ。