今年も残り2ヶ月切っちゃいましたね。。。(^.^)
朝晩の寒さも増し、皆様方におかれましては
風邪などには気をつけてご自愛くださいね^^;
今年も色んな事があった一年でした。。。
その中でも、やはり今年一番の大きな出来事は、
やはり忘れる事が出来ないお袋の死。。。
去年の春ごろから
年を越せるかどうか判らないと言われていたお袋も
担当医の先生の計らいで正月は退院させてもらい、
何とか自宅で今年の正月を向かえる事が出来た。
その後、1月半ば近くまで自宅療養させてはもらったが
やはり生活に色々な無理が生じ再入院。。。
本人に癌の告知はしていたものの、あと何日もつかなど
先生にも俺たち姉兄弟にも、もちろん本人にも判らない。。
そんな入院生活がまた始まった・・・。
2月に入ると姉兄弟で交代で看病に病院に行った。
最後の最後まで「帰りたい・・」と言っていたお袋。
なくなる3日前には、「早く連れて帰りなさい!」と
すごく怒って俺に言ってたな・・。
2月半ばを過ぎた頃、癌が全身に転移して担当医の先生から
「ここ数日が山です。覚悟しておいてください。。」
と言われた。
「覚悟って・・・どうすれば覚悟できるんだ?」
自問自答しても答えは結局出てこなかった。。。
オヤジが肝臓癌で亡くなったのは、俺が16歳の時。
もうすぐ死ぬと解っていて親父の前では必死に
平静を装って病室に居たのを覚えている。
溢れそうな涙を必死にこらえてオヤジの側にいた事を覚えている。。。
我慢できなくなって、「また来るからと」お袋に看病を任せ
急いで病室から出て帰ったことを覚えている。
しかし、今回のお袋の場合はそんな余裕さえもなかった。
俺の顔を見るだびに「早く連れて帰りんしゃいって
言いよろうが!」と、自由の利かない体を起こそうとし
必死に帰り支度をしようとするお袋だった。。。
今までそんなわがままを言って俺を困らせた事など
1度も無かったお袋に、最初は本当に戸惑った。
「もう少し良くならんと帰れんやろ?」と言うしかなかった。
「ちゃんと先生の言う事聞かな、いつまで経っても帰れんばい!?」
連れて帰れるもんなら今すぐにでも連れて帰ってあげたかった。
でも、こんな状態のお袋を連れて帰って看病など
出来るはずも無く、どうしてやる事もできなかった。
亡くなる前日の夜、とうとう意識が無くなり昏睡状態に入った。
手を握ったり、背中をさすったり、聞こえていないだろうお袋に
話しかけたりもした。
お袋が亡くなる前日の心電図・・・。
この機械の数字の変化やアラームにビクつきながら
何と「長い・・・」と感じる時間を過ごしただろうか。。。
日が変った平成22年2月25日午前2時37分・・・
安らかな顔だった。。 不思議と「痛い!」とか「苦しい!」とか
全く言わなかった。
内視鏡の写真で観る限り、あれだけ大きな癌がいたるところに
出来てて痛くない訳が無いはずなのに、一切泣き言を言わなかった。
唯一、「帰りたい」と言う言葉だけを除いては・・・。
「早く自分を連れて帰ってくれ!」と言ってたお袋。。
本当は自分の最期が近い事を解ってたのかもしれない・・・。
だからあんなに必死になって「連れて帰ってくれ」と
俺に言ってたんじゃないのだろうか。。。
いま思えばそんな風に考えてしまう・・・。
まだ暖かいお袋の手を握り締めた。。。
泣けてきた・・・ 拭いても拭いても涙が溢れた。。。
何一つ親孝行らしい事もしてやれなかった。
「あんた、今日休みなら買い物に連れて行って」
車で近所のスーパーに買い物に連れて行くと
そんなに余裕も無いのに、俺の家の分の食料まで
買って持たせてくれた・・。
たまに家に寄ると必ず帰りに「これ持って帰りんしゃい」
と、野菜やら魚やら肉やらワカメやら持って帰された。。。
自分の事はいつも二の次の人だった。。。
お袋がいつも持ってた手帳・・・。
どんなに不安だった事だろう。。。
いつかのアメンバー記事でも載せたが、
葬儀屋の方には無理を言って、必要なものを用意してもらい
姉兄弟家族だけで納棺をした。。
姉がお袋に化粧をした・・。みんなで抱えて棺に納めた。
俺は、真綿でお袋の姿を着物姿にした・・。
泣きながら、鼻水たらしながら。。。震える手で・・・。
とめどなく溢れる涙で、棺の中のお袋が見えなかった。
それでも心を込めて、一生懸命・・きれいに、きれいに
真っ白な真綿の着物を着ている姿にした。
いつまで経っても俺達子供の心配ばかりさせてた・・。
そんなお袋に最後の最後の親孝行だと思い。。。
みんなでお袋を、きれいにきれいにしてあげた。
功平も春菜や葉月や楓香も折鶴を折ってお袋の周りに
いっぱい、いっぱい飾ってあげた。
葬儀の時は、春菜がお袋に手紙を書いてくれた。
「ばあちゃんへ」と題した手紙を泣きながら読んでくれた。。。
去年の夏休みに、春菜一人でお袋の家に1週間程泊まりこんで
家事の手伝いをした事や、初めての味噌汁をお袋に作ってあげた事
その味噌汁が「ちょっと薄いね」ってお袋に言われた事。。。
棺の前で手紙を読む春菜の肩に手をかけたまま
俺はまた涙が溢れて止める事ができなかった。
オヤジが死んで、女手一つで俺たちを育ててくれたお袋。。
本当にありがとうございました。。。
いつもいつも心配ばかりかけて本当に申し訳なかった。
何一つ、お礼もお返しも出来なかった事、許して欲しい。。
俺たちは貧乏でも、お袋の子供で本当に良かったと思う。
いつかは俺もそっちに行くけど、俺も最後には、子供達に
「俺の子供で良かった」と思われながら死にたいなぁって。。。
そんな風に思った。。
尊敬するおふくろ。。
本当に、ありがとうな!
俺も頑張ってるから、もう何も心配すんな。
いつか、そのうちまた会おうな!
最後は書いてるうちに感極まってお袋宛の手紙みたいに
なってしまいました^^;
すんません((^┰^))ゞ テヘヘ
仲良しブロガーの皆さんも今年残り少なくなりましたが
体に気をつけてお互い頑張りましょうね♪
ヾ(@~▽~@)ノ
