交歓を図る。
その体裁をとった食事会。
それは権謀術数をめぐらしあう悪魔の晩餐だった。
港間の噂では
ここで麻薬だの、銃器だのの不正な取引が行われているらしい。
私は先月亡くなった同僚の意志を継いでここに居る。
ある人物の不正を暴くためだ。
「ご機嫌如何ですか?」
「え?」
振り向くと男が居た。
静謐な雰囲気を持つその男の眼は、どこか冷たく恐ろしい。
髪は整髪料で整えられていて、特有の臭いが私の鼻腔を刺激した。
「ああ、別に……」
「立派なパーティ会場ですね」
「ええ、そうですね」
「僕も普段は吝嗇家で」
「本来ならこんな所には縁がなくて、緊張してますよ」
男は笑みを刷く。
体面上の笑みだとすぐに分かった。
きっと慇懃無礼、といった類の人間なのだろう。
私は知っていた。 この男を。
この男だ。
この男が一月前、私の同僚を銃殺したのだ。
こんなに早く見つける事が出来たのは僥倖というべきか……。
私は男と別れた後から監視を始めた。
見失わない。
こんな人の多い会場では見失ってしまう可能性がある。
今日、絶対に取引があるはずだ。
私はその現場を押えなくてはならない。 これは絶対だ。
男は春の野を逍遙するが如くに動き回った。
きっと碩学の誉れも高いのだろう。
どんな世代の人間とも気軽に語り合っている。
それに比べて私は何なのだろう。
普段象牙の塔に篭ってばかりで喋りが覚束無い。
話し掛けられても満足な会話が出来ない。
蓋し、私は他人の心中を忖度する事も出来ない不器用な人間なのだ。
そんな事を考えている内に場内の明度がガタリと落ちた。
始まるのだ、裏の世界の取引が。
「失礼」
「はい?」
話しかけてきたのは二人の大男だった。
無機的な顔立ちで、全身に黒いスーツを纏っている。
「管理係の者です」
「参加のIDカードか、関係者証明書を提示して下さい」
「ID? 証明書?」
私は激しく動揺した。
ID、証明書、そんなものは知らない。
勿論この会場に入る際も確認はあった。
そこは偽造したパスで通る事が出来たのだ。
知らない。
こんな確認がある事を私は知らない。
阿諛追従で何とかこの場を上手く繕えないだろうか、
などと考えてみるが、駄目だ。
さっき不器用と自覚したばかりではないか。
「はい」
「IDです、これで文句ないでしょう」
「……確認させて頂きます」
一瞬何が起きたのか分からなかった。
愁眉を開く。
大男達は既に私の目の前から去っていた。
私は救われたのだろうか。
「こちらで話しましょうか」
男は無表情で呟くと、私を外へ導いた。
私はあの状況を糊塗する事が出来たろうか?
いや、出来なかっただろう。
それどころか――。
「アナクロニズムを感じさせる行為だね」
唐突に彼が言った。
口調が、変わった。
「正義の味方のつもりかい?」
「それとも不正を許せない性質かい?」
「まさか、同僚の意志を継いだとでも?」
彼はゆっくりと懐から拳銃を取り出した。
黒い鉛玉を放つ禍々しい物体。
それが彼の手の中で煌いている。
「……ぁ」
「自分の仕事も等閑に付してこんな所まで来るとは」
「畢生の障害その二として讃えてあげてもいいくらいだ」
察知した。
理解した。
この男。
この男は、私に気付いていたのだ。
私に気付いて最初に声を掛けていたのだ。
畢竟するに、私は不器用な上にとんでもなく間抜け……。
「ま、待ってください」
「もう何もしません、帰ります帰りますから」
「お願いします、そそそそれを収めてください!」
口から言葉が流れ出た。
滑舌は滅茶苦茶で、顎がカタカタ震えている。
……忸怩たるものしかない。
「さよなら」
風を切る鉛の弾丸。
私は一瞬で撃ち抜かれた。
終わった。
終わってしまった。
彼もこんな風に終わったのだろうか。
友を救うと言って去っていったかつての同僚。
蟷螂の斧などこの男には通用しないのだ。
悟った。
そしてそのまま……。
静かに――目を瞑った。
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え……長くない?
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