キ○○イ相手する前に自壊してどうする…orz | todo08の雑記帳

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…多分かなりリニューアルするはずw

こんな事になることを想定して票を入れた訳じゃないぞ…?
大体受かったのは自分の力だけとか勘違いしてるんじゃないのか?
そんな奢った気持ちで立て直しとか言えたモンじゃねーよ…orz

自民党、首相指名で白票濃厚 地方の不満爆発

自民党執行部は4日、特別国会召集日の16日に行われる首相指名選挙で、麻生太郎首相(党総裁)名を記載せず、白票を投じる方向で調整に入った。党内の首相への反発を考慮し、結束を優先させた苦肉の判断だが、もし白票を投じれば自民党の衰退ぶりを一層際だたせることになる。

 自民党の総裁選挙管理委員会(野田毅委員長)は4日、麻生総裁の後任を決める総裁選を「18日告示、28日投開票」の日程で行うことを確認した。白紙投票を回避するため、16日までに総裁選を前倒しすべきだとの声もあったが、地方の党員投票などを考慮すると調整は難しいと結論づけた。

 一方、自民党は4日、党本部に47都道府県連の幹事長らを集め、全国幹事長会議を開いた。下野してもなお混乱を続ける国会議員への不満が続出し、結束を求める声が相次いだが、党再生への道筋は遠く険しい。

     ◇

 「最前線で戦ってくれたみなさまにわれわれの力の足らざることを深くおわびする。政権奪回に向けて党を新たに再生していかなければならない。それがわれわれに与えられた責務だ」

 「自民党再生への第一歩」と位置づけられた全国幹事長会議の冒頭で首相はこう話し、深々と頭を下げた。議席を3分の1に減らした「敗軍の将」に地方幹部から批判が続出するかと思われたが、その怒りの矛先は政局まがいの混乱を続ける衆参の国会議員に向けられた。

 「衆院選で負けたのは解散前に党内が混乱し、国民の顰蹙(ひんしゅく)を買ったからだ。首相指名選挙でさらに混乱を上乗せするのか。余計なことは言わず、挙党一致で臨んでほしい」(千葉県連)

 「これ以上ゴタゴタが続くなら、私ども地方は責任が負えない」(長野県連)

 「白票だろうと誰だろうと統一行動すべきだ。党が割れる印象を与えていては再生はない」(福島県連)

 解散直前の「麻生降ろし」、衆院選後の首相指名選挙をめぐる混乱は、県連幹部の目に余ったようだ。「これ以上醜い姿を国民にみせないでほしい」との声もあがった。

 だが、中堅・若手グループは衆院選後から断続的に会合を続け、「首相指名選挙では麻生氏や白紙ではダメだ」との認識で一致。執行部を総退陣させ、「刷新会議」がしばらく党運営する案も浮かんだ。グループ代表は4日、細田博之幹事長と直談判し、「麻生」でも「白紙」でもない第3の対応を求めた。

 一方、党執行部が「白票」に傾いたのは、「首相指名選挙で誰かの名前を書かせると総裁選に影響が出かねない」(幹部)と判断したためだ。

 だが、白紙投票に対して「われわれは一国のリーダーを選ぶ一票を国民から負託されており、議会制民主主義の否定につながる」(幹部)との反発が強い。

 このため、首相が指名選挙直前に総裁を辞任する妙案も浮かんだ。そのタイミングで辞めれば「白票でもやむを得ない」という大義名分が立つからだ。さらには「首相指名のための予備選を行う」という案まで飛び出した。

 自民党は8日に両院議員総会を開き、総裁選日程や首相指名選挙の対応などで意見交換する方針だ。首相はその場で総裁として「最後の演説」を行い、結束を呼びかける考えだが、大荒れとなる可能性もある。

 社民党の前身である社会党は昭和53年12月の首相指名選挙で、国会議員でなかった飛鳥田一雄委員長の代わりに副委員長の下平正一衆院議員に投票した。

 ある自民中堅はこの歴史を振り返り、自嘲(じちよう)気味に語った。

 「白札に逃げなかっただけ社会党の方がよほどまともだ。自民党はどこまで堕(お)ちていくんだ」


…自分達が混乱を招いたことを無視して「麻生には入れたくない」って正気か!?
確かに抵抗があるっていうのは分からない話ではない。
が、それは降ろしなどには加担せずに必死の思いで議席を確保した連中が言う話だ。
少なくとも、今回の投票拒否をしている連中は殆どが前回の「麻生降ろし」に加担した奴等ばかりだ。
大混乱を招いて、しかもそのせいで高い志を持ちながら落選してしまった人達をも侮辱した話である。

日々民主政権のボロがこれでもかという程出まくっている状況で、責めるべき相手を完全に間違えてしまった自民党にこれ以上未来があるとはとても思えない。少なくとも「大義(=政権奪取)」の為に「小義(=麻生に入れたくない)」を捨てるぐらいの覚悟が無いとこれからの自民党再生などありえないし、又必死の思いで投票した有権者を完全に裏切るような行為はいい加減にして頂きたい。

最後に、俺らのような忸怩たる思いを完璧に書き綴ってくれた文章を紹介して終わりとする。
尚、明日は2本立ての予定。クリオネ父さんの嘘演説(これは自作)と麻生内閣の意外な敗因に関して書くつもりだ。

泣きながら「自民党」と書いたあの日―大敗北の主犯を撃て!

今回の選挙で、自民党は議席を大幅に失った。民主党の「公然買収戦略」が見事に嵌った結果である。月二万六千円也の子供手当、高速道路無料化、その他、現金換算が容易なバラマキ政策と煽り文句に、国民は酔いしれた。「官僚政治の打破」との掛け声は、実際に官僚を見たことも無い人々を騙すには絶好であった。

先の大戦では「鬼畜米英」という言葉が、国民の戦闘意欲を高めるのに利用された。確かに欧米の支配は残虐であった。しかし、その言葉が人口に膾炙し、独り歩きを始めた結果、どうなったか。マッカーサーが厚木に降り立った写真を見て、「ある人は尻尾も角もはえていないことに驚いた」という。少なくとも我々とは「生物的に別種の存在である」と信じていた、という嘘のような本当のような、摩訶不思議な話もある。

今の官僚批判を見ていると、こうした「伝説」を完全に否定する気になれない。国民は官僚に、途方も無い強欲で、あらゆる法律を駆使して自己の権益を護り、国民の犠牲の上に胡座をかいて、貧乏人を嘲笑う「悪魔」を見ているのではないか。

実際には、永田町へ向かう満員電車の中で、押し潰されそうになりながらも書類に目を通し、昼食の時間も充分に取れず、終電に間に合えば、それが早い帰宅を意味する、という極めて慎ましく、極めて過酷な生活を繰り返しているのが大半である。尻尾も角も無い官僚の実生活を知らないが故に、簡単な煽り文句に騙されるのであろう。

               ★ ★ ★ ★ ★

さて、自民党議員の当落に注目すると、簡単な図式が描ける。
   落選してくれ、と多くの人が願ったのに、当選した人。
   当選してくれ、と多くの人が願ったのに、落選した人。
この二種類である。

今回の選挙は防衛戦である。「麻生太郎防衛戦」であるから、如何に該当する選挙区の自民党候補者が気に入らなくとも、その名前を書いた。自分の指先が、ゆっくりと投票用紙に、その候補者の名前を書き出す。「なんて屈辱的なんだ」「信じられない」「不愉快だ」と感じながらも、全ては麻生政権存続のために、とまさに「耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで」、一票を投じたのである。

こうした事もあって、熱心な自民党支持者ですら、「あいつだけは絶対に許せん」と考えていた候補者が当選した。そして、麻生太郎へ届け、と念じた有権者の切ない思いは、やはりガラクタ議員には通じなかった。早速の「反麻生活動」のようである。

彼等は千の矢が突き刺さっても、なお前に進む麻生太郎を盾にしながら、自らに及ぶ一本の矢が恐いのだ。その矢に怯えて、「麻生を下げれば、もう矢は飛んでこない」と信じているのだ。だからこそ、人を引き摺り降ろすことには熱心でも、自らが進んで「火中の栗を拾う」ことはしないのだ。これを人間の屑という。



そもそも今回の地滑り的大敗を惹起させた元凶は、こうした「反麻生派の利敵行為」にある。麻生内閣に致命的な失政が無かったことは、あのマスコミ連中ですら認めざるを得ないところである。それ故に、個人攻撃、人格攻撃に徹し、麻生首相の言葉尻を捉えて、揚げ足取りに狂奔したのである。

就任直後から、マスコミの餌になるような出来事は色々とあった。しかし、それらを一つひとつ乗り越えて、麻生内閣はその実績で勝負し、ジリジリと評価を上げていった。そして、ようやく選挙戦に向けて、明るい希望が見えてきた時期に、壊滅的な打撃を与える「事件」を、自民党内部の者が惹き起こした。とりわけ強烈な三点を挙げておく。

●先ずは「かんぽの宿」問題に関する総務大臣の軽挙妄動、その果ての辞任。加えて政務官の示し合わした辞職。
●続いて、浮かび上がっては消え、消えては浮かび上がった「幹事長経験者三人」を軸にした「麻生降ろし」。その最終幕である「総裁選前倒し署名騒動」。
●最後に、選対本部長と、タレント知事の擁立を巡る大茶番劇である。

これらの餌は、麻生内閣の対応に苦慮し続けたマスコミに、まさに「勇気」を与えるものであった。

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落選してくれ、と多くの人が願ったのに、当選した人。元幹事長+元官房長官、その他、反麻生派の皆々様。あなたがたこそ「今回の敗戦の主犯」である。多くの国民は、特に自民党に投票しようと思っていた人々は、事の善悪以前に、こうした行為、即ち、自らの選んだリーダーに対して、後ろから弾を撃つ行為に対して、限り無い嫌悪感を感じ、自民党と一線を引くようになったのである。年金問題や福祉など様々な問題がある。しかし、こうした政策上の問題よりも、遙かに重要なのは、政権を担うに相応しい「一体感」が、その党にあるか否かである。

民主党にそれは無い。自民党にはそれがあった。
しかし、自民党からそうした「日本人らしい結束感」が消え失せてしまった以上、未知なる民主党に賭けざるを得ない、という人が出てきても、それは致し方ないであろう。

保守の定義は色々ある。そうしたものの細かい詮議立てをしても意味が無い。しかしながら、日本において、自ら選んだリーダーを撃つ、しかも後ろから撃つ、という行為は、最も賤しいものとされてきたはずである。歴史を護る、伝統を護る、人々が長く培ってきたものの考え方を護る、というのが保守であるとするならば、不潔な同志討ちに興じている連中こそ、全くもって「保守思想の敵」である。彼等は即刻離党し、卑怯、卑劣、闇討ち等々、何でもありの「革新政党」に移るべきである。政治家の権謀術数は否定しないが、「権謀術数だけの政治家」は、日本に無用である。

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こうして選挙戦が終わって見ると、彼等の行動規範が、「如何にして自分が当選するか」、この一点にしか無かったことが極めてよく分かる。

党の総裁の顔を変えろ、麻生を降ろせ、と喚いていたのは、楽をして選挙に勝つためである。誠に残念ながら、その「正しさ」は、今回の民主党選挙戦術が示している。未だ国民は政策を知ろうとは思わない。候補者の見てくれ、耳障りの良い「ワンフレーズ」、そして根拠の無い夢物語に、大いに左右されるのである。従って、表紙を変えて選挙に勝とう、という戦略が、今なお現実的であることを、愚かにも国民自らが示してしまったわけである。

しかし、その戦略が不可能だと悟った彼等は一転し、平然と「手打ち」をして、敵であるはずの党総裁から、公認証書を恥ずかしげもなく受け取り、選挙戦に突入した。筋を通して離党した者は皆無であった。

彼等の多くは、地元への利益誘導型の政治家である。従って、選挙には比較的強い。残りは、マスコミに登場して安っぽい見栄を切る、タレント指向型である。要するに、国益を優先させる「国会議員」でもなく、党内で様々な調整作業に汗をかく「下働き派」でもない。常に票になることだけを考え、そのために他人を踏み台にする恥知らずである。そして、選挙に勝ち残った今、またまた自身の権力欲のためだけに、反麻生活動を再開した、というわけである。

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麻生内閣の信任のために、唯そのためだけに、苦渋の選択として、こうした輩にも投票をした。しかし、彼等は今回の首班指名において、「麻生」の名を書くことを拒否するという。県連単位で行動を起こす、などという極めて馬鹿げた話まであるそうだ。

勝ち負けはこの際、問題ではない。我々は首班指名で「麻生太郎」と議員に書かせるためだけに投票したのである。それが野党に転落したから、名前は書けないとは何事か。麻生太郎を担いで闘った選挙戦ではなかったのか。首班指名で少数が決定するまでが、「今回の選挙戦」ではないのか。

我々がどんな思いで、腐りきった候補者の名前を投票用紙に書いたと思っているのか。投票用紙に直接「麻生太郎」と書ければ、と強く強く願う多くの人々が、叶わぬ夢を横に置き、震える指先で反麻生派として党内を引っかき回した連中の名前を書いた。その気持ちを彼等は更に踏みにじるのである。二重三重、果てしなく彼等は我々有権者を裏切り続けている。

その一方で、国益を重視し、まさに天下国家のために、一命を賭けて仕事に取り組まれた議員が落選した。中央では目立たなくとも、各地域の意見集約に奔走された議員も落選した。テレビに出る暇があるなら政策の勉強だ、と頑張っておられた議員も落選した。

世は無常である。過去は変えられない。未来のために、今をより良きものにしていくしかない。これまで自民党議員の批判は、そのまま利敵行為になり、民主党を活気づけることになった。マスコミに利用され増幅された。よって自制してきた。しかし、もう今はそんな気遣いは無用であろう。

今、確実に出来ること。
自らが選んだ総裁でありながら、麻生政権を支えず、そしてその最後の瞬間にまで泥を塗ろうとしている不逞の輩を撃つべし。これは泣きたい気持ちを抑えて、斯くの如き劣悪人間にさえ票を投じた、我々にだけ許された権利である。他人の足を引っ張るのが仕事の議員なら、その足は我々が引っ張ってやろうではないか。