第四十四回映画と音楽のレビュー~帰ってきたヒトラー~ | novel2017のブログ

かつては社会学、心理学を専攻し、ナチスヒトラーの授業を受けたこともあった。ヒトラーはいかにして人々の心をつかんだのかは私の興味の対象のひとつになり、今もなおたまに本を読んだり映画を観たりして勉強している。

仕事として子供たちに社会の授業をしているため、このナチスヒトラーの話題は必ず登場する。そして子供たちから毎年湧いてくる疑問は明快だ。

 

 

 

「どうしてこんなひどい人をみんなは支持したの?」

 

これに答えられる大人は多くない。一般人にとってヒトラーは過去の産物であり、彼の蛮行を学んだ我々は同じ過ちを繰り返すことは、まさかないだろうと思い込んでいる。

しかし、少し疑いを持って調べてみればその仮説は簡単に覆される。かの有名な"アイヒマン実験"など、簡単に人は権威に服従してしまうことはずっと昔に証明されている。

劇中でヒトラーは言う。

「どうして私を支持するか?それは計画を明示したからだ」

第一次世界大戦後の多額の賠償金や工業地帯閉鎖などの不景気は失業者をたくさん生んだ。そこでヒトラーは何百万といる失業者をゼロにしてみせると公言、結果はご存知の通り。アウトバーンなどはその時に生まれた物だ。

 

差別はダメだよ

 

そういうのは簡単だ。でも実際に差別をしないかはまた別の話。子供たちにも何度も言う。差別はだめだと教えてくれる先生も大人も、そして僕自身も、差別をしていないと言い切れる人間はどこにもいないんだよ。それくらい差別は簡単に起きてしまって、簡単に広がってしまう。と。



今、難民で溢れかえるドイツも他人事ではない。劇中、ヒトラーに扮した役者が実際に街中インタビューを決行している。ヒトラーは「不満はないか?」と尋ねるとドイツ国民の本音がボロボロとこぼれてくる。「移民のせいだ」と訴える人もいた。決してヒトラーに扮する役者を蔑んだり攻撃したりしない。むしろみな好意的だった。

この映画はドキュメンタリータッチが度々挿入されている。そしてアドリブも多いそうだ。作品であり演技であるのだが、なぜかコメディだと割り切れない。

 

ヒトラーは二度と生まれない。それにはまずノーをつきつけないと本当の意味でヒトラーは死なないのだ。わかっちゃあいるけどやめられない、のかもしれない。

 

この映画でヒトラー役を演じた人はインタビューでこう語っている。

この映画を見ている観客の中で、ここでは笑ってほしくないなという所で笑っている人が、残念ながらいるんですね。どこのシーンかというと、ユダヤ人排斥等の人種差別ジョークをどんどん書かせるシーンがありますよね。外国人への敵対的なこととか、強制収容所についてのジョークを皆で書くという。それまではヒトラーが現代に甦ってめちゃくちゃで面白く、コミカルに展開してきたんですけれども、実はあのシーンで、観客に「あれ? ちょっとこれ違うよね」「今まで笑ってきたけど、実はこれって笑っちゃいけないんじゃないの」って感じてもらいたい所なんです。でも、あそこで笑う人がいるっていうのも事実で、街頭インタビューした人の中にも、現実にそういう人がいるんですよね

 

『帰ってきたヒトラー』オリヴァー・マスッチ インタビューより

 

 

去年、イギリスのメディアは流行語大賞に「Post Truth」を選んだ。それは真実でないもの、つまり感情こそが最優先された年だったという意味。アメリカのトランプ大統領やイギリスのEU離脱など、過激だけどホンネであることが重要視された。なにも海外だけではない。去年発売された「感情化する社会」でも、日本の天皇退位問題にも国民の感情ファーストに危惧していた。

 

 

 

人間は必要以上に同調してしまう。2000年代後半に流行ったKYはまさにその一つ。空気を読むことが大事だと学ばされた。友人関係だけでない。今、どこの会社でも新人採用の際に目安としているスキルが「コミュニケーション能力」である。しかしそれは決してただ人と円滑に話すことができる能力を指すものではない。それは「上の人間が言ったことにいかに場を荒らさずにうまくやりすごすか」という指標でもあるのだ。コミュニケーション能力が仮に「どんな上司でも自分の意見をはっきりということができる」という意味が含有されているのだとしたら私の友人たちはあんなに苦労していない。

 

 

 

KY。ホンネ。ナチス。

 

私たちは思った以上に賢くない。正直に言えば、私はまだこうして考えて話すことができる。別に私が賢いと言いたいわけでもないしこんな受け売りの知識でベラベラと語っている人間など自慢するにもおこがましすぎるが、そういう意味ではない。もっと世の中はそれ以下の人間が多いということ。有権者の多くは本など読まず、ニュースは流し読み。知識は豊富だが世の中を疑う力がない。自分の生活で手いっぱいで差別など私がするはずがない、もしくはしてもいいんだ、という極論で成り立っている。そこにあいまいさも考える余地もない。誰かの言ったことを全て真に受け、だれか"カリスマ"のある人を選ぶ。「若いからやってくれるに違いない」「はっきりモノを申してくれるから期待する」。なにもエビデンスを示さないまま"そうに違いない"という差別で選択を繰り返す。そして失敗した時「どうしてそうなったのか。責任を取れ」と糾弾するだけ。自らの選択ミスを悔いることはない。果たしてこれはヒトラーを生まない社会といえるのか。。。

 

 

この映画はヒトラーの人間性にも踏み込んでいる。実はヒトラーは国民を第一に思い、国民によってえらばれ、国を愛し国を再起させようとした熱い心の持ち主だったんだ.......。そう見終えて感動したあなたも、もうヒトラーを生み出す母になりつつあるのかもしれない。

 



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