戦艦三笠は、横須賀駅から歩いて2kmほどにある、三笠公園に記念艦として存在しております。
主に、日露戦争の日本海会戦の旗艦として有名な戦艦です。
日本海会戦は、当時最強と呼ばれたロシアのバルチック艦隊をトーゴーターンをはじめとする東郷平八郎司令官による戦術で見事に勝利し、また海に投げ出されたロシア兵を救出するなど世界的に称賛された会戦です。
500円で艦内を見学できるので閲覧してきました。
デッキから。もっと戦艦って大きいのかなと思っていたのですが、そこまでおおきくないというのが正直な印象です。まぁあんまり大きすぎても、色々と困るのでしょうけど。
砲台。左右に砲台があって、前後に主砲があるとああ、戦艦に乗っているんだなって思います。
砲台の中にハンモックがあって、ここに住み込み放題を磨き、ご飯を食べ、寝ていたそうです。
こもる暑さに加え、揺れることを考え、ましてや戦争真っただ中となれば間違いなく発狂するなと、ドン引きしました。
食べ物を捨てるところ。こういうのとか、トイレとかどうしているのかなって気になりますよね。放っておけば衛生上大変なことになるだろうし。
船内は資料館になっていたり、ちょっとした映画館になっています。
当時の新聞。ハンモックで寝るのは心地いいのかな?それとも、寝ずらいのかな?当時の船は揺れが激しく、転がり落ちる可能性が高かっため、揺れと反対方向に動き水平を保つハンモックというのは、船舶内でよく用いられたそうです。
弾を込める図。当時のたまを発射する音声が聞けるのですが、バンバン打つってわけじゃなくて、一発撃つのにも結構時間がかかる(1分以上?)ので、驚きました。
戦艦三笠のころというか、日清・日露戦争の頃にあたる1900年前後の日本というのは、日本が後発国として馬鹿にされるところから、世界的に認識が高くなる一番意気揚々とした時期だったのでしょうか?
まだ、100年ちょっと前のお話なんだと思うと驚きます。そこから、約40年後に日本は負けて、さらに約40年後に私が生まれるんですけど、そんな風に関寝たら数十年先の世界なんて何が起きているか想像もつかないですね。
人生はこつこつと積み上げていった結果だと思いますけど、そんな風に考えるとそういうった努力の一方で大胆に捨てて行動するようなことも必要なのかなと思ったりもします。
とはいえ、こういった猿島や三笠からまず学ぶことは戦争を忘れてはいけないということです。
