多分、今後この話をまともにすることもないだろう、ということで、書いてしまいます。火事にあった人が、どうやって次の家に移り住むかまでのお話。ちょっとリアルなことも書いちゃうかも…?不快だったらスルーしてください。
以前の記事 にも書いたとおりですが、五体満足でがっつり保険が下りた私はかなり幸福な部類です。それを前提に話はさせてもらいます。
まず、火事にあって何をするかというとコンビニに行って靴下とたばこを買うことから始まります。この辺、財布を持って逃げた私はえらかったです。当然だろ?!とおもうかもしれませんが、朝4時での頭がぼんやりした中でのとっさの判断ですからね。
靴下は、素足にサンダルで逃げたので冬が近づく足には当然必要です。たばこもスモーカーが気分を落ち着かせるためにはこれしかないわけで。。。買って戻った後、消火活動が続くうちのアパートを特等席でたばこを吸いながら眺めていたら、「火事場なんで…」と消防士さんに怒られてしまいました。
こっちは家なくしてるんだぞ!とちょっとムッとしながらも、隅っこに移動して結局たばこ吸ってました。
消火活動が一通り落ち着いた後は、大家さんの家で10時ぐらいまでかくまってもらいました。かくまってもらったのは、私と例の同棲カップルの3人。残りの人は、仕事に行ったり出張に行ったり、友達の家に転がり込んだりしてました。夜が明けた空が、とても青かったのをよく覚えています。
とりあえず、私がしなければいけないことは、家族への電話は勿論、会社に電話をすること。ただし、携帯は置いてきてしまったので、消火活動が終わった家に戻って、名刺を物色。家の様子は、先日の写真の通りで、木が燃えたにおいを発しながら無残な状態となっていました。奇跡的にも机の手前に置いてあったカバンがほぼ無傷で残っていて、そこから名刺を引っ張り出して就業時間である9時半に電話。
tak「○○さん(先輩)いますか?」
先「わたしだ…。」
先輩の第一声は、何かのドラマのボスのような低い、あきらかに芝居がかった声をしてました。無理もないです。就業時間にかけてくる電話なんて普通は遅刻か、年休・半休の類ですから、もう茶化す気満々だったのでしょう。
tak「はじめにいいますけど、今からいうことは冗談じゃないですからね。」
先「ん?なんだ?」
tak「家が火事で全焼したんです。」
先「…マジで?!」
最初こそかなりヒヨってましたが、電話を切った後の対応はかなり迅速で、関係各所に連絡をしてもらい便宜を図ってもらいました。
その後は、しばらく事務手続き。朝は豊島区議だというおばあちゃんから、今回の火事に対する豊島区の対応の説明。区としては3泊4日分のホテルを手配するので、その間に整理をしてほしいということでした。
次に、保険会社の管財人がやってきて、燃えた家財に関する説明。保険はあくまで家財に対する保険ですので、何がダメになったかについて一つ一つ説明し、それに見合った額を保険会社は支払います。
隣のほとんど燃えなかった家の住人は、それこそ建て替えるために出て行かなきゃいけない状況なのに家財そのものは換気扇から出てきたすすぐらいで、ほぼ無傷だったので全く保険が降りる気配がせず、大家と相談した結果、大家さんの家で使っていない電気ポットを壊して家の中に転がしたりしてました。
私も他のひとと同様、あのパソコンがいくらで、あのソファがいくらで…と説明しましたが、対して聞かれることもなく、
管「はい、takatingさんの家財は全焼ですので満額の220万円がでます。明日には振り込まれていると思いますのでご確認ください。」
と、さらっといって終わってしまいました。
最初に額を言われた時は、驚きましたよ。まだ社会人半年チョイで、預金なんて15万円あったかなかったぐらいなのに、いきなり220万円って…。220万っていうのは、この保険会社的に独り暮らしの人の家財の一般的な総額の目安ということですが、うちの家財はパソコンをのぞけばどんなに多く見ても総額2,30万、しかももう一人暮らしを始めた大学1年時に購入して4年間使用しているものばかりでいい加減買い換えたいなぁと思っていたぐらいなので、不謹慎ですがやはり小躍りしてしまいました。
それだけあれば、次の家を借りるのに50万かかって、家財に100万つぎ込んでもまだ70万余る計算です。実際布団・ベッド(15万)やパソコン(35万)・洗濯機(12万/6年前なのに横ドラムのやつ買いました。今の洗濯機の方が当時より高かったりはしますが。。。)・テレビ(20インチ液晶で12万、当時はまだ高級品でした。)をはじめとして相当いいものを後日買いそろえましたが、やっぱ6~70万円は余り職場では「火事成金」と年内いっぱいは茶化され続けました^^;
そんなやり取りも終わってお昼。次にやることは携帯の復旧。携帯は火事場に忘れていて後で見つけた時にはすっかり使い物にならなくなっていたのですが、それをもって池袋西口のドコモショップへ。
泥だらけの携帯をおねーさんに渡して、「あ、あの火事にあって携帯壊しちゃったんですけど。。。」と、信じてもらえるかなぁなんて思いながら半信半疑で話してみたら、案の定お前バカじゃないのぐらいの勢いで一瞥されつつ、「水没ですね」とさらっと片付けられて機種変更しました。
火事にあったのに水没って…でも、変な話なんですが、そうなんですよね。携帯が壊れた原因は「燃えた」からではなくて消防車の放水で「濡れた」からなんですよね。
ということで確かSHからPに機種変更。メーカーが変わるので、慣れない操作に戸惑いつつまずメールをしたのが当時付き合っていた彼女。31歳で、知りあって4カ月ぐらい。当時の私から見れば8個上になるのでかなり上でしたが、年よりはだいぶ若く見えるきれいなおねーさん、って感じでした。(聞いてないですね。。。)
絵文字も使えなくて、簡潔に内容的にはただ火事にあったとだけしか書いてなかったのですが、すぐに「大丈夫?」というメールが返ってきました。後で聞いたら、当人はショックで何もできなくて隣にいた友達がかわりに打ってくれたそうです。
とりあえず、連絡すべきところには一通り連絡して、その後は消防署に行って事情説明。なんでも、消防署からはなんチャラ見舞いで1万5千円だしてくれるとのことでした。うれしいですけど、火事にあった人には全然足らない金額ですよ?その後はは割り当てられた第一ホテル(パルコのとなりにあるやつです)に移動してその日は終わりました。親父から、現場を確認したと連絡があったり、職場からは金曜は出社しろよ!とか明日の飲み会には顔を出せよ!と言われたりしました。
翌朝、木曜日でしたが彼女が時間を作ってくれて会ってくれました。ホテルで話もそこそこに朝っぱらからずっと抱き合ってました。(詳細はご想像に任せる形で…)私自身も保険金が下りたし、結構冷静でいたつもりでしたが、彼女を前にして不安だった気持ちや安堵した気持が一気に爆発したのかもしれないですね。彼女も元気だから、とは言っておいたのですが、実物を見るまではやっぱり不安だったみたいで涙流してたのを覚えてます。安堵と不安と火事という特異な状況にと朝っぱらで掃除機の音するシチュエーションは何か狂気めいた感情に二人して駆り立てられたのかもしれないですね
午後は、明日は出社しろっつうのでしかたなく買い物。預金額が235万円になっていて、本当に保険金が下りたんだと実感しました。いくらなんでも明日までにスーツを仕立てるのは無理がありましたが、とりあえずチノパンにジャケットぐらいの格好でいいっつうのでいろいろ買い物して、火事場に戻って何か使えそうなものがないか探しつつ、夜は昨日指定された職場の飲み会に向かうために銀座へ。
到着するなり「頭ちりちりじゃないじゃーん!」と茶化されまくりでした^^;それはそれで、きっと私が放心状態だったり落ち込んでいるんだろうなぁというのを察しての配慮だったというのはすぐにわかりました。私も、気遣ってくれることに感謝をしつつ、話を合わせて笑顔ですごしました。
翌、金曜日。3泊4日止まっていいって話だったのでもう1日泊まることができたのですが、断って職場に向かいました。
大きな荷物を抱えて登場した半私服の私に「荷物多いなぁ」なんて声をかけられて、「でも、これが今の全財産ですから」なんて会話したのを覚えてます。
仕事は気持ちしましたけど、この日の仕事は実質的には私が元気なところを見せるだけでしたので、定時で上がって、実家に向かいました。当時は豊洲勤務だったので実家のある船橋へはそう遠いわけではありませんでした。
家族とは正直それほど仲がいいわけでもないので、大げさに心配したりなんだってのはないですが、連絡はさすがによく取っていたし、久々に帰った実家はそれほど居心地の悪いものではありませんでした。
土曜日、家を探しに池袋へ。家を探すのは、大学に入学したとき、社会人になったとき、以来の3回目になります。まさか、3回目がこんなに早く来るとは思いませんでしたが…。
家は結構即断で決めるので今回も早くに決まりました。不動産屋に伝えたのは、バストイレが別なこととにかく一つの部屋が広いこと、キッチンはいらないこと。
バストイレはずっと別だったので…あとは、前の部屋が今が狭く、藤沢時代は広かったのですが、6畳間と4.5畳間に別れていたので一度広い部屋に住んでみたいなぁと思っていたので、伝えました。キッチンについては、学生時代はホントお金がないから仕方なくしていたのが途中からはまってしまって、池袋に引っ越すときの要件にダイニングキッチンがあることと、伝えたぐらいだったのですが社会人になった半年の間、まったく料理をしなかったので、いらないと判断しました。そして、ホントここ最近まで料理をしてなかったのは、皆様もご存じのとおりです。
ということで、探してもらったのが今の家。1R、だけど10畳間、もちろんバストイレ別。鉄筋なので燃える心配もなし。ただ、ハンコ押した後で、この家も隣に木造のぼろ屋があることに気付いたのはここだけの話です^^;
さらに週末の間にベッド一式と洗濯機だけ購入し、1週間後に配送の手続きを取りました。もう、1週間後には住む気満々で、その時に最低限必要となりそうで搬送に時間がかかりそうな2つだけを買いました。
1週間は、実家から豊洲に通勤。京葉線に乗るとディズニーランドのシンデレラ城がきれいに見えました。初めのうちは、池袋警察署から電話がかかってきて当時の様子を話したり、あわただしかったですがだんだん通常業務にもなじんできました。
そして、次の週末にはお引越し。といっても、身一つなんですけどね。やってくるベッドと洗濯機を待って後は順次必要なものを購入。まだガスの元線が開いてなかったですがとりあえず、電気ポットがあれば生きていけるかなと思い、週末はベッドと電気ポットと洗濯機で生活しました。
…というのが、前の家が燃えてから今の家に移り住むまでのお話です。
かなりの自己満ですが、ここまで読んで下さった方、ありがとうございました☆何かの役に立つこともまぁないと思いますが、そんな経験をしたことがあるやつがいるんだな、ぐらいな感じで。