秋の思い出4日目(1) 「三渓園」横浜市民は、素晴らしい財産を持っていますね | てるてるの小屋

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シルバーウィーク4日目の9月22日は、休日と祝日にはさまれたお休みの日。
この日の午前中は、横浜の「三渓園」に行ってきました。

「三渓園」は、明治・大正の横浜の実業家、原三渓(本名富太郎)さんの元邸宅です。
原三渓さんは、生糸貿易で財を成し、すごい大金持ちになったのですが、画家であった祖父の影響を受けて、国宝級の美術品の収集や、それまで無名だった芸術家を育成したり、日本各地から歴史的価値のある建築物を移築しました。
 彼が偉いのは、「この明媚な自然の風景は創造主のものであって、私有物ではない」として、「外苑」にあたる場所を一般に公開し、出入り自由、「茶屋」では、お茶も振舞ったとか、海に面したこの三渓園では海水浴もできたそうです。
 実業家としてのからは、私よりも公を優先し、横浜の産業界の発展、都市基盤整備、社会福祉活動など、社会のために尽くす姿勢を貫きました。特に、関東大震災で壊滅的な打撃を受けた横浜の復興には、私財をなげうってこれにあたり、「横浜の恩人」と呼ばれたそうです。

「三渓園」の中に入ると、まず目の前に広がる風景に心打たれます。池があり、島があり、遠くに三重塔が見えます。「すごい!」としか言いようがありません。

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まず、目に付くのは「鶴翔閣」。原家の広大な旧宅です。
靴を脱いで中に入ろうとしたら、受付にいたきれいなお姉さんが、微笑みながら、「ご新郎の家族の方ですか?」・・・本日は、結婚式のため貸切でした。

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「内苑」というのは、原家のプライベートなエリアだったところです。
ここにある「臨春閣」は、紀州徳川家が夏の別荘として、紀ノ川沿いに建てた御殿。襖絵は狩野探幽など当代きっての名工ばかり。
豊臣秀吉の、とか、徳川家康の、とか、春日局が、とか、歴史的建築物が配置されています。

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一般公開されていた「外苑」は、景色がすばらしい。
山道をえっちらおっちら、上ると、かつては、海に面した断崖に立てられた「松風閣」。
今は、埋め立てられて、海岸線は遥かかなたに。
関東大震災で、この周囲の建築物は壊滅的な状況だったとか。
山の上に立てられた「旧燈明寺三重塔」は、1457年に京都に建てられたもので、関東地方では最古のものとなるそうです。
これを移築したとは・・・、たまげます。

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合掌造りの「旧矢の原家住宅」。岐阜県白川郷にあった江戸時代の庄屋の家を移築したもの。
中に入ると、囲炉裏の火、煙があります。この煙が防虫効果だそうですね。
「旧東慶寺仏殿」「旧燈明寺本堂」や茶屋、茶室、草庵などが。
池のほとりで、お団子を食べていると、まったりとします。

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横浜市民は、素晴らしい財産を持っていますね。