横幅(約)4cm

 

 風になびく鳳凰の尾を真横に位置させて観賞(註1)すると、その姿は、下から上へ上昇して飛んでいる。しかし、横に飛行しているようにも感じられる。また、下降しながら飛ぶ姿を描いたようにも見える。さらには風に乗って停止しているようにも見える。この鳳凰の描写は、観る者の感性によって幾通りにも飛ぶ方向を変化させる要素を併せ持つ。

 

 

 上昇して飛ぶ姿に見える場合には右斜め下方向に描かれた足の描写が効いており、下降して飛ぶ姿に見える場合には大きく広げた両翼の描写が重きをなし、横に飛行する状態に見える時には両翼としなやかになびく尾の描写が視覚を奪い、風に乗って停止したように感じる時には、風を受けて広げた両翼につづき、大きく波打つ尾の描写が要を得ている。

 

 

 このように鳳凰の飛ぶ方向が、幾通りにも感じられる見え方の違いは、形を捉える個人の感覚に差がある。そのため鳳凰の描写には、隠し絵の「妻と義母」に見られる同様の特色をもつのではないだろうか。「妻と義母」とは、若い女性と年老いた女性の相反する二通りの人物に捉えることができる見え方の違いをもつ一枚の人物画。

 

 

それゆえ、卓越した鳳凰の描写(註2)は、デザイン性の中に、飛ぶ方向を変化させるという別の表現に見せる仕掛けが施されている。したがって、妙味ある幻想的な鳳凰の姿態は、試行錯誤(註3)を経てから完成したと考えられる。(たかたのぼる)


 

 

(註1) 「天平の風」参照

(註2) 「霊獣の描写についての私見」参照

(註3) 【その根底にあるのは、当時の世界各地の多くの民族の工芸的な感覚なり知恵が凝集された姿であろう。さまざまな民族がそれぞれの地において、長い歴史のなかでつちかった各種のデザイン】が統一され、【現代においても、それを越えることのできないような完成された姿】(註4)に至ったのではないかと思う。

(註4)【】内は、正倉院の宝物 関根眞隆著 正倉院宝物の文化史的意義」より抜粋した。