雪柳老(おい)の二人に一間足り
富安風生
雪柳(ゆきやなぎ)は春の季語。
歳時記によると、「中国原産のバラ科の落葉低木。 高さは1~2メートル。 渓谷の岩の上などに自生するが、庭や公園にも植えられている。 四月ごろ、葉にさきがけて、柳に似たしなやかな枝に白い小花が群がって咲く。 まるで雪の降りつもるかのようなのでこの名がある。 小米花ともいう。」(角川春樹編 『現代俳句歳時記 春』 より)
華麗にして壮大な雪柳満開の様は、見るからに華やかで、いかにも春の爛漫を表徴している。
そんな春の或る日、夫婦二人だけの生活に、家の部屋は一間で充分であることに気付く。 外を見やると、華麗な雪柳が満開。 老いの侘しさと華々しい雪柳が対照的に胸に迫って、やるせない心象に心が沈殿してゆく。
かっては子供達が賑やかに走り回り、壁や障子のあちこちが傷つき、長ずるに及んで一人また一人と家を出て独立し、また嫁いでゆく。 やがて、がらんとした家には老いた夫婦が二人だけ。 生活には一間あれば充分…
老いという寂寞感と雪柳の華麗さが、時間経緯の相容れない好対照となって、逆に心象風景に惹起され、老いという悲哀をしみじみと感じさせる。
春の華麗ということならば、桜が似合いそうだが、桜ではあまりに凡庸、雪柳という、あまりポピュラーでない草木花であるところにこの句の着眼と主張が感じられて見事である。
春…山吹、椿、牡丹、沈丁花、木蓮、水仙…だったらどうだろうか…。
夏のような気候、こんな曲を。
モーツァルト
歌劇 『牧人の王』
ペーター・シュライヤー(テノール)
エディト・マティス(ソプラノ) 他
レオポルド・ハーガー指揮
ザルツブルグ・モーツァルティウム管弦楽団
『羊飼いの王様』 という表題の時もある。 モーツァルト19歳か20歳頃の作。 ソプラノとテノールだけで、合唱もない音楽劇。 シュライヤー、マティスの華麗・可憐な歌声が聴かせる。 ハーガーの手慣れたタクトはモーツァルト初期のオペラを堪能させてくれる。