また長文ですみません。

興味、お時間があればお付き合い下さい。


さて、前回アップしたものに、もう1つ、何故あの発言に至ったのか、それをもうちょっと考えてみた。


まず、病気により総理を辞任するという安倍総理ご本人・一個人に対して、石垣議員はお見舞いの意を以て発信をした。

それはそれ、これはこれとして、行政府の長たる総理大臣に対してまた、自民党総裁として、自身の置かれた立場や自民党としての危機管理はどうだったのか?

これは一個人としての問題とは当然切り離して考えなければいけないという、至極真っ当な視点で、後半を発信をしていた。

なので、当然ながら、総理の病気に対して、更には同じ病気を患っている方々に対して、その病気を揶揄をしようとは考えていないのが見て取れる。

では、何故『癖』などというある種の怒りのような、非常にセンシティブな言葉使いになったのか?


ここは総理の辞任会見までの時系列から、過去のどの政治家、特に内閣の主要ポストの人間では有り得ない不自然な点が有った。それが引き金だったのではないかと推測する。

その不自然な点とは、総理が慶應病院に検査をしに行った時、報道各社がズラリと並んでカメラを構え、病院に入っていく姿を報じていた点。

まるで総理が病気の為、慶應病院に行きますので報道お願いしますと、お膳立てされていた異様さ。こんな光景は過去を辿っても記憶に無い。

政治家の健康問題は、自身の政治生命の危機や周囲の混乱を引き起こす為、過去の政治家は頑なに隠してきた。

では、何故今回の安倍総理は敢えて報じさせるような動きをしたのか?

おそらく、総理は病気なんです!というアナウンスにより“病気で大変な総理”、“病人は労らないといけない”という空気を醸成する効果を狙ったものではないか?

そうすれば『総理を責める=病人(病気)を責める』の図式が出来上がる。

また、総理の政治的検証が横に置かれ、病気とリンクした範囲の話に矮小化出来る。


案の定、石垣議員には「同じ病気の人を馬鹿にしている」とか「人の心を持ちなさい!」「宮城県から選出させたのは県民の恥」といった類いの言葉が投げかけられている。

そして、安倍総理に関する話も総て、潰瘍性大腸炎に関する事をワンクッションさせた形、潰瘍性大腸炎という事柄から脱しきれない枠組みの範疇で展開し、政治そのものの厳格な検証はなされていない。

つまり、誰が一番病気の事を上手く利用しているのか?である。


事もあろうに、安倍総理は辞任までの時間で「敵基地攻撃能力」に関する法整備に関する事をやりたいと言っている。

病気を理由に、正確な意思決定が出来なくなるといけないから辞任すると言って、すでに退く事を決意した人間が、国防という国の根幹に関わる事に対して、非常にヤル気満々なのである。