レイザーバックス後援会

父兄で作る「後援会」がありませんでした。
3年生の時、親父が関西学院のノウハウを活かし
父兄たちにアメフトのことをいろいろ説明
試合観戦の仕方、子供の食事など
後援会がするべき事すべて
その結果、初代会長
として「後援会」は発足されました。

後援会は今でも継続されてます。
高校生最後の年

3年生になり、いよいよ高校生活最後の年
個人としてでなく、関西大倉レイザーバックス(チーム)として
「今年も必ず、優勝しよう!」と意気込む。
しかし、大阪産大附属高校が優秀な
メンバーが揃っており、強敵です。
まずはこの強敵を倒さないと大阪チャンピオンにはなれません。
オフェンスは今までIフォーメーションでしたが
同じ学年に優秀なQBが二人
まったく違うタイプのQBで
一人は、オプションが得意だったので
今まで通り、Iフォーメーション。
もう一人は、パスと走るのが得意だったので
ショットガンフォーメーションをすることになりました。
秋のリーグ大阪産大附属高校との大阪決勝戦!
ショットガンフォーメーションより、僕のランプレイで先制点を取り
また、リターンタッチダウンを決め、2本目のタッチダウン!
流れは、
関西大倉ペース!

その後、大雨

まったくうまくいかず、
結果、大阪チャンピオンの夢は消えました。

でも、大阪2位まで西日本大会に出場できるので
リベンジを誓い、いざ!西日本大会へ

ここで最大のライバル”関西学院高校”との対決!
敵陣10yd、ブラストで僕の先制タッチダウン!
幻のタッチダウンもあり
僅差で敗退!
僕の高校生最後の年は、幕を降ろしました。
写真は、その最終戦の後、3年生全員で撮りました。
皆、近畿大学、同志社、日体大、大体大、東海大、桃山学院などに
進学し、一部を除いてアメフトを続けることになり、
今度は、敵として戦うことになります。
今は、大学のスポーツ推薦も盛んになり、
立命館、法政に進学する選手が多いようです。
僕の原点である「関西大倉」ありがとう
ウィキペディアで調べたらこんなに
有名な方が卒業されいました。
・松下幸之助 * 中退 ・宮崎義一(京都大学名誉教授)
・廣慶太郎(久保田鉄工相談役) ・宮本輝(芥川賞作家)
・ジョン・B・チョッパー(ウルフルズ)
・桂枝女太(落語家)
・桂枝光(落語家) ・倉田薫(池田市長)
・中村洋章(中小企業の星)
・坪井清足(考古学者) ・瀬川晃(同志社大学法学部教授)
・藤井純一(北海道日本ハムファイターズ球団社長)
・松田純一(ミュージシャン) ・影山英俊(俳優)
・渡田均(プロ野球審判員)
・戸田義郎(神戸大学名誉教授・元学長)
・伴野智(映画プロデューサー)
・無徒史朗(元南海ホークス選手)
実家の猫

元旦は、実家に行きます。
実家には、猫が1匹いるのですが
なんと17年(人間でいうと80歳ぐらい)生きています。
実家の前の空き地に雨が降る中、産まれたての猫が
ミャーミャーと泣いており、我が家は
犬派だったのですが
あまりにもかわいそうだったので飼う事になりました。
名前は”華(ハナ)”
もうおじいさんで動きは遅いですが頑張って生きてます。