万城目学さんの作品を読むのはこれが初めて。
良作が多いのは知っていたんだけどもね。
で、なぜこの作品を読もうと思ったかっていうと、書評などによると、中島敦さんの影響があるとのことだったから。
で、読んでみて納得。
たしかに中島敦的。
実際のところ、現代の読者向けに平易に書かれているので、中島敦作品に特有の中国の古典文学由来の難解単語もなければ、本文に匹敵する分量の注釈もない。
独特の異常なまでに張り詰めた緊張感っていうのもない。
まあ、そうじゃないと今の読者は読んでくれないんだろうとは思う。
そういうわけで中島敦好きのぼくとしては、すこし物足りなさも感じながら読み始めたのだが、読み進めるにつれ、それでもやはり中島敦的であると感じてくる。
それは課題の設定のせいなんだろうと思う。
5つの短編が収められている。
“悟浄出立”。
“趙雲西航”。
“虞姫寂静”。
“法家孤憤”。
“父司馬遷”。
悟空や劉備、項羽や始皇帝、司馬遷を主役にするのではなく、どちらかといえばその脇で目立たない登場人物に光をあて、彼らの目線から語られる。
悟浄から見た八戒はどうしようもなくだらしがないのだが、そんな八戒の経歴はすごいらしい。あるとき八戒にそのことを問うと……
趙雲は張飛、孔明とともに、公安から成都に向けて長江を西へ遡る。その旅の途上で感じる違和感の正体は……
項羽の最期の戦いを前にして名を奪われた虞姫が知った真実、そしてそれに対する虞姫の決意は……
始皇帝暗殺を企てた男と同じ発音の名を持つ官吏、京科が出くわした数奇な運命とは……
李陵を弁護したことで罰を受けた司馬遷、それに伴い生活を破壊された家族は夫であり父である司馬遷を恨むが、真実を知った娘がとった行動は……
中国のこういう話って壮大かつ劇的でおもしろいんだよね。
どれもおもしろかったけれども、“虞姫寂静”と“法家孤憤”が特にぼく好み。
いつまでも過去にとらわれている男の欲求のために自己の存在意義を奪われていたことを知った虞の心理描写と最期の舞は凄まじかった。
法治国家における法の重さを如実にあらわした始皇帝暗殺未遂にまつわる物語も秀逸。
全体的に、中国の有名人たちが出てくる時点で興味深いうえに、心理面での洞察も鋭く、変化あるいは明確化していく心理というものもていねいに描かれていて深みがある。
一見すると矛盾しているかのような心理の葛藤、飛躍。
こういうところに中島敦的な問題意識が見えてくる。
――悟浄出立――
万城目学