R60って感じ。
若い読者への歩み寄りなんて微塵もなし。
ぼくみたいな青二才には
いつまでたってもわからないかもしれないこの心境。
渋い。
いぶし銀。
燻製みたいな感じ。
スモークドサーモンとかスモークドチーズとか
おとなの味。
川上弘美さんの
水声
に引き続き
やはりわからないこの作品。
水声
では
女性の気持ちがわからない
ということがわかったのだが
古井由吉さんのこの
鐘の渡り
では
老境に立つ男の気持ちさえもわからない
ということがわかった。
まだまだわからないことだらけだな
ほんと。
性差だけでなく
世代差というのも
相当な違いなのだろうな。
もちろん行きつく先は
個体差
ということになるのだろうけれども。
自分がこれまで経験してきた
幼き頃
若き頃
そして現在
あるいは近い将来
くらいまでならなんとなくイメージもできなくはないが
鐘の渡り
のなかの各短編に描かれている心象風景は
ほとんど理解できない。
文字は追えるし
ひとつひとつのことばの意味も
なんとなくの流れもわかるけど
文章全体の内容が入ってこない。
おそらく
老境の者が
過去を振り返るとこういう心象風景になるのだろう。
いまのぼくが振り返る過去の日々と
30年後のぼくが振り返る過去の日々は
たとえ同じ時期を振り返ったとしても
ずいぶんと違ったものに感じられるのだろう。
過去は変わる
ということか。
8つの短編が収められている。
連作ではなさそうだが
どの作品も時間の流れが不均一で
まるで海の底で記憶がゆらめいているようだ。
夢と現の境界が不明瞭な感じ。
最初の方はほとんど理解できない。
それでも我慢して読み続けているとときどき
これは
と思う文章にめぐりあう。
もしかしたら慣れてきたのかな
と思うがやはり最後までわからないことの方が多い。
古井さんがこの作品を発表したのは2年前の70歳代半ば。
いまのぼくにはこの作品よりも
古井さんが40年前に書いて芥川賞を受賞した
杳子
なんかの方がしっくりくるかもしれない。
まあ
年齢がぼくよりずいぶんうえの作家さんの作品でも
よくわかるものももちろんたくさんあるので
あくまでもぼくの好みに過ぎないのかもしれないけれども。
いつかはぼくにも
この作品の意味するところがわかるときが来るのだろうか。
いや
たぶん20年後にはわかるような気がするし
好きなタイプの作品のような気がする。
――鐘の渡り――
古井由吉