まだまだ続きます。
〈最初の審理〉でのどたばたの次の週、Kはいつまた裁判所に呼ばれるかと待っていたが、一向に連絡が来ない。
よもや捨て台詞で、訊問なんて拒否してやる、なんていったのを裁判所が真に受けているのだろうか。
連絡がないということは、前回と同じように日曜日に同じ場所に来いということだと受け取ったKは再びあの場所へ行った。
例の洗濯女がいたが、今日は集会はありませんよという。
たしかにあのぎゅうぎゅう詰めだった部屋はがらんどうだった。
女がいうには、女の夫は裁判所の廷吏で、この部屋を無料で借りるかわりに、開廷日には、部屋を空けなければならないらしい。
女に夫がいたことに驚くK。
なぜなら、先週の日曜日に、ホールの端で男と抱き合っていたからだ。
しかし、どういうわけか、女はKにまで思わせぶりな態度を示し始め、Kもなんとなくその気になってくる。
女はKに協力したいという。
予審判事も自分に気があるはずだから、Kの役にも立てるはずだと。
なにしろ予審判事は自分に上等な靴下を贈ってくれたのだ。
女とKが話していると、先週の日曜日に女と抱き合ってKの邪魔をした男が女を呼びに来た。
男は法律を学ぶ大学生だという。
予審判事が大学生を使いにして女を呼びに来たというのだ。
大学生と女の様子に嫉妬を覚えるK。
しかし大学生は、女を抱き上げ、部屋から出て行った。
追うK。
女がいう。
――むだだからよして、予審判事が迎えによこしたのよ、あなたと行くわけにいかなくなったわ、このちびの乱暴者がわたしを放しっこないわ。
――そしてあなたも放されたがっていないんだ!
Kが叫ぶ。
どこまで行くのだろうと好奇心から大学生のあとを追ったKだが、なんと大学生は女を抱えて屋根裏部屋に通じる狭い階段を上がっていった。
予審判事が迎えに寄こしたなんて嘘だったんだな、こんな屋根裏部屋に予審判事ともあろうものがいるはずがない。
ふと見ると階段の上り口に≪裁判所事務局上り口≫と子供じみたへたな字で書いてある小さな札が掲げられていた。
なんと、こんなところに裁判所事務局があるなんて。
裁判所はよほど金がないと見える。
Kが上り口のところで立っていると、あの女の夫である廷吏がやってきた。
予審判事に使いに出されていたという。
廷吏は妻が予審判事に呼ばれるであろうことを知っていて、急いで使いを済ませて帰ってきたのだったが、間に合わなかった。
差し迫った状況であるにもかかわらず、あきらめの混ざったような緊迫感のない廷吏とKのやりとり。
そのうちに廷吏はKに、裁判所事務局を案内しましょうか、という。
廷吏に着いていくK。
狭い屋根裏の裁判所事務局の空気はまったくもって淀んでいた。
しかし、そんな事務局にもひとは大勢いて、もともと上流階級であろう人物たちが粗末な身なりで被告として、廊下で手続きを待っていた。
実におどおどびくびくとしている被告たちに向かって、自分は同じ被告でも堂々としている、と自信を覗かせるKではあったが、しばらく事務局の淀んだ空気を吸っている間に、気分が悪くなり、だんだんと卑屈な感じになってきて、いつの間にか先ほどの被告たちのように力がなくなってしまうのであった。
気分が悪くなったKを置いて廷吏は予審判事のところに使いの報告をしに消えてしまった。
Kを助けたのは、事務所にいたひとりの娘と、しゃれた服を着た案内係の男だった。
まあ、助けたといっても、事務局の入り口までKをかかえていっただけなのだが。
外の新鮮な空気を吸って、先ほどまでの気分の悪さが嘘のように晴れたKは決心する。
――今後は日曜の午後はともかくもっとましなことに使おう。
誰もいない法廷、洗濯女、予審判事の使いの大学生、廷吏、他の被告、事務局の娘と案内係の男、それらとKのやりとりが妙にリアルで、それでいてとぼけたところがあって、どこかずれている不気味さと息苦しさの描写が、興味をそそる。
――審判〈人気のない法廷で・大学生・裁判所事務局〉――
フランツ・カフカ
訳 中野孝次