戦後はつづくよ どこまでも(いや 次の戦争が終わるまでは) | (本好きな)かめのあゆみ

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かしこいカシオペイアになってモモを手助けしたい。

難しい歴史の経過はわからない。


すみません。


そういう前提でちょっと思ったことなどを。


日本は平和だとか先進国だとかなんだとかいってるし思ってもいるけれども、結局のところ、現在の世界は第二次世界大戦の戦勝国と敗戦国にわかれて、その枠の中で動いてるということをあらためて確認したような気がする。


いつもやりあっている国からはともかく、いっしょになかよくやってるつもりの国からも、なぜきみたちはいまだに東京裁判の結果を受け入れていないのかね、ってやられるわけで。


国連安保理の常任理事国だって戦勝国で構成されているし、日本やドイツは経済でいくら貢献してもいつまでも入れてもらえないし。


じゃあね、そういうこというならもういっしょにやりませんよ、っていうかやれませんよ、逆になぜいつまでも敗戦国として責められ続けなければいけないわけ? もちろん反省はしていますし、お詫びの気持ちだってもっていますよ、もう戦争なんてしたくないと思ってますし、それなのにぼくらは一生、敗戦国としてしかみなさんとお付き合いできないわけですか? そんなこというんだったらもう、ぼくらだけで単独でやっていきますよ、もう戦後はやめますよ。


戦後の世界秩序からの脱却。


こんな感じで日本の孤立化が進みそうな気がする。


で、こういう感じは、過去にどこかできいたことがあるようなパターン。


そうそう、ファシズムが台頭してきたころのドイツとかってこんな感じじゃなかったっけ?


第一次世界大戦後のヨーロッパにおいて、ヴェルサイユ条約によって決定的な制裁を受けることになった敗戦国のドイツで、いつまでもこんなことやってられるか、おれたちの誇りを取り戻せ、っていう政治指導者とそれに同調する国民により進められたヴェルサイユ体制の破壊。


戦勝国のみなさんにいいたい。


窮鼠、猫を噛む、ってみなさんの国のことわざにもありますよね?


あんまり追い詰めるとなにをしでかすかわかりませんよ。


ああ、善悪はさておき、これはいやな展開だ。