かねてより気にしつつ、入手しつつ、留保に留保を重ね、ようやく読んでみた、このタイミングで。
正直ピンとはこなかったのだが、昭和の初めの青春小説ってことになるのでしょうか。
かなり屈折めの青春。
1931(昭和6)年に発表されたということで、このとき著者は35歳。
私小説ではないけれども、他の小説とおなじように著者の体験が幾分反映しているとすれば、大正の青春といえるのかもしれない。
しかも屈折めの青春。
けれどもちっとも暗くはなくて、能天気というか不思議なユーモアにあふれている。
主人公は小野町子。
人間の第七官にひびく詩を書きたいと思っている。
兄たちが暮らす家で炊事係として住まう。
同居人は長兄の一助、次兄の二助、従兄の佐田三五郎。
一助は分裂心理をもった患者を入院させる病院に勤める医師。
二助は肥料を研究する農学生。
三五郎は一浪した音楽受験生で分教場という音楽予備校に通っている。
故郷を離れて4人で暮らしている。
主な登場人物はこの4人なのだが、町子の一人称で、この「変な家庭」が観察される。
町子も含めて、4人が4人とも、ちょっと変なのである。
変といっても、法を犯すとかそういうのではなくて、微妙にずれていて、それぞれに恋の苦悩を背負い、悶々としているのだ。
なにもかもが中途半端。
ぼくはこの小説のなかの、二助が部屋で研究する蘚(こけ)のためのこやしの匂いが気になって気になって、匂わないはずの匂いに顔をしかめてしまうのだった。
家の中でこやしの研究をしないでほしい。
そこに、垣根の蜜柑のすっぱい印象がときおり混ざるので、こやしのくささと蜜柑のすっぱさでますます複雑な匂いを感じるのであった。
蘚の発情、音程のずれたピアノ、コミックオペラ、分裂心理学、隣家の教師とその従妹の娘、破れた天井、引越し蕎麦の切手、ボヘミアンネクタイ、焼きごてなどなど、小説にちりばめられる、昭和初期の文学らしいエピソードや小道具たちがおもしろい。
さて、恋に苦悩する若者たち。
昭和の初めと平成のいまでは、そんなに変わらないところと、変わるところがあって、それでも共感できるのか共感できないのかよくわからないけれども、おそらく当時の青年たちに鮮烈な記憶を残したに違いない作品なのかなあ。
現在の恋する少年少女に読んでもらって感想を聴いてみたい。
――第七官界彷徨――
尾崎翠