先週の日曜日に新聞に掲載されていた綿矢りささんの掌編小説。
400字詰めの原稿用紙で10枚くらいだろうか。
これだけの文字数でもしっかりと小説になっているからさすがだな、ってあたりまえのことに感動してみる。
こんなことで感動したらプロの作家さんには失礼にあたるのだろうけど。
ぼくは長編も好きだけど、掌編とか短編の名作も好き。
一息で読ませるところに独特の集中力が感じられるので。
無呼吸で走る短距離走のような緊張感。
そして走り終えたあとに酸素を一気に吸い込むような清々しさ。
このポメラニヤンには緊張感はないのだけれども、清々しさがある。
緊張感がないのも作者の計算だろう。
掌編だからこそ、さまざまな技巧を組み合わせて物語世界に注ぎ込む愉しみがあるのだろう。
ふつうのひとのふつうにありそうなできごとを素材にしながら、いろいろとおもしろい人間洞察が表現されていて、なんだか読んでいてしっくりくる。
まるで良質の名作ドラマを観ているよう。
この作品を書くにあたっての創作のプロセスのようなものを知りたい。
冒頭の甘いトマトの比喩からスタートしたのか、中盤の書く原動力のところからか、ポメラニヤンからか、フィニッシュの生き物の原動力のところからか。
ラストに向かってスピード感を増すクライマックスも愉快。
あくまでも軽くあらわされるユーモアと皮肉が適度なちからの抜け加減でかわいくてぼく好み。
少々面倒くさくもある素直じゃない考え方もよい。
それにしても綿矢さんは、おびえてふるえている何かをモチーフにするのがお好きなようである。
ところでポメラニヤンが正しいのかポメラニアンが正しいのかというヤンアン問題。
あなたはどちらを選びますか?
――ポメラニヤン――
綿矢りさ