それでも三月は、また | (本好きな)かめのあゆみ

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芥川龍之介さんは1892年生まれ。

川端康成さんは1899年生まれ。


芥川龍之介さんが川端康成さんのことを

康成

と読んでいても不思議はない。


関東大震災は1923年9月1日土曜日、午前11時58分。

4分後に揺れは収まったという。


1923年ということは

芥川龍之介さんは31歳

川端康成さんは24歳。


文学界の先輩後輩だったのだろうか。


それでも三月は、また

というアンソロジーに所収されている

デイヴィッド・ピースさんの

惨事のあと、惨事のまえ

(山辺弦さんの訳)

のどこまでが事実でどこからが虚構なのかはぼくにはわからないが

この惨事の情景は最近の日本の災害の状況とは

まったく異なる。


まるで別の国のことのようだ。


でもこういう事実はきっとあるのだろう。


戦後の日本の問題がいろいろといわれているが

この点だけをみれば

日本社会の人間の尊厳というのは

かなりの水準の高さで実現されていると思う。


でも追い詰められたら再び関東大震災の惨事

(それは自然災害そのものよりも災後の人災を指すのだが)

はこの日本でも起こるのだろう。





ぼくの勝手な読み方だが

小川洋子さんの

夜泣き帽子

川上未映子さんの

三月の毛糸

いしいしんじさんの

ルル

からは

人間が苦しみや不安から身を守る救いとしての

眠り

というものを考えさせられた。


厳しい現実から逃れるためにせよ

不安を忘れるためにせよ

心の奥を鎮めるためにせよ

眠れさえすれば

少なくともその間だけはあたらしい苦痛を得る心配がなくなる。


それがたとえ一時的な現実逃避に過ぎないとしても。


だからこそぼくは思う。


まずは眠ろう。


何にもおびやかされることなく

安心して眠れる場所をあなたにもわたしにも。