マザーズ | (本好きな)かめのあゆみ

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かしこいカシオペイアになってモモを手助けしたい。

ねんねこ しゃっしゃりませ
寝た子の かわいさ
起きて 泣く子の
ねんころろ つらにくさ
ねんころろん ねんころろん


中国地方の子守唄。


子守唄っていうのは

子のための唄か

親のための唄か。


寝た子はかわいく

起きて泣く子はつらにくい。


つらにくい

ってことばが微妙なニュアンスを

実によく表現している。


ときにことばは

ぼくたちの感情を的確に言い表して

おぼろげなニュアンスに

はっきりとしたかたちを与えてくれる。


そういうことばによって

どうしようもない感情に落としどころが見つかる。


プロの文筆家は

まさにそういうことばを

ぼくたちに提示してくれるのだ。


金原ひとみさんの

マザーズ

はまさにそういうプロのことばを

ちりばめた一冊。


凄絶ともいえる

3人の母親(作家、主婦、モデル)の

子育てにおける感情の流れに

見事なことばでかたちを与えている。


子育てあるある

っていうと軽く聞こえるが

つまりはそういうことなんだろう。


よくもまあこれだけの感情や所作を

つぶさに書き表せたことだ。


金原ひとみさんは

自分が体験したり感じたりしたことを

リアルタイムで記録して文章に変換する

システムでも持っているのではないか

って羨ましくなるくらいの細密描写。


読み手の前にリアルに立ち現れる

子育ての喜びと苦しみ。


無責任な聖母幻想に一撃を食らわせている。


一見しただけでは

無軌道とも思える妻たちの行動。


しかしそれは

決して大げさな絵空事ではないのだ。


子育て中の女性にはある種の救いに

子育て中の男性にはわが身を厳しく振り返るきっかけに

いずれこどもを授かろうという男女には

来るかもしれない天国と地獄のシミュレーションに。


世間に流布される

こどもは天使

こどものいる暮らしは幸福

っていうのはコインの表だけなんですよ。


いや

もちろん天使で幸福なんだけども

それは簡単には手に入るものではなくて

それを手に入れるために失うものには

あらかじめ相当な覚悟が必要なはず。


そして

こどもが家族に増えることによって変わる

夫妻の関係も知っておかねばならない。


ちなみに中国地方の子守唄

続きはこうなっている。


ねんねこ しゃっしゃりませ
きょうは 二十五日さ
あすは この子の
ねんころろ 宮詣り
ねんころろん ねんころろん


宮へ 詣った時
なんと言うて 拝むさ
一生 この子の
ねんころろん まめなように
ねんころろん ねんころろん


まめ

っていうのはこの場合

まめに暮らせよ

というときの

健康にとか達者でとかいう意味だ。





――マザーズ――

金原ひとみ