ジャコメッティの鼻 | (本好きな)かめのあゆみ

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かしこいカシオペイアになってモモを手助けしたい。

実物の圧倒的な存在感に比して

ポストカードの写真のそれは

当然ながら平面的なのであった。


とはいえ

実物の迫力が記憶に温かい間は

トータルとして人間の厳かな孤独感やら

寓話的な虚無感やらそんな哲学的な感想を

ぼくはそのポストカードの写真から受けていた。


しかしあるとき

視界の端に入ったそれは

これまでとは異なる印象をぼくに与えた。


オソロシイ。


頭頂部をロープで吊るされたそれは

さながら絞首刑。


スチールの枠を突き抜けた

その異様に長い鼻は悪魔の化身。


横から見る姿は銃身を思わせる。


危険極まりないその造形に

背筋がぞぞと冷える。


おまえはわたしの存在をおそれている。

それはなぜか。

異形のものに対するお前の態度がおそれなのだ。

理解を超えたものに接したときの畏怖。

後ずさりしつつもおまえはわたしから目を逸らせない。

わたしを正視せよ。

わたしを意識から遠ざけるな。

ところでおまえはわたしを

無意識のうちにおとなのおとこだと思っているようだが

わたしはおとこでもおんなでもない。

あるいはおとこでもありおんなでもある。

こどもでもおとなでもない。

はたまたこどもでありおとなである。

そうつまりおまえのおそれの投影として

わたしは変幻するのである。

ゆめ忘れるな。

わたしはおまえのおそれそのものである。


そんな声が聞こえたような気がして

ポストカードの写真を見つめると

写真のなかの横顔が正面に向き直り

にやりと斜めに笑っていた。