楽園 | (本好きな)かめのあゆみ

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かしこいカシオペイアになってモモを手助けしたい。

ついに完成した。これで誰もが楽園に行くことができる。これまでは日々の暮らしを美しく誠実に生きてきた者にしか立ち入ることが許されなかった楽園。しかし、この発明品を使えば、ぼくのように怠惰で、不誠実なこともしばしばやってしまうような人間でも、楽園に入ることができるのだ。これで人間に真の幸福が訪れる。誰もが幸せに暮らせる世界。人類の目標が果たされるときが来たのだ。

タカシはこの発明品を助手のミチルに託して、一足先に楽園へと旅立った。しばらくして、タカシは楽園にたどり着いた。ようこそ楽園へ、とはさすがにどこにも表示されていない。どこぞのアミューズメント施設じゃあるまいし、そんな看板は楽園には必要ないのだ。表示はなくてもここが楽園であることはすぐに感じることができた。静かな風景、豊かなみどり、陽だまりのにおい、そして何よりも行き交う人々の表情の穏やかさが、タカシにここが楽園であることを実感させた。タカシはすぐにこの場所を気に入った。そして、楽園での暮らしに溶け込んでいった。

 さて、発明品を託された助手のミチル。タカシのこの偉大なる発明品を、人類の幸福のために活用することへの使命感に燃えていた。そして、政府と結束し、一日でも早く、一人でも多くの人々を楽園へ送り出す事業に着手した。

 そして数年後、ようやく最後の一人を楽園へと送り出したミチルは達成感に満ちて、目を細めていた。思えばこの世界も悪くはなかった。もうすぐ楽園へ向かう身である余裕からか、ミチルは感慨深くこれまでの世界を回想していた。戦争や内乱で多くの人間が殺しあっていたこともあった。身勝手な欲望で快適さや便利さを求めるあまり、地球環境を破壊し、弱いものから搾取を繰り返していた富裕層や先進国の人々。学校での苛めや、児童虐待、高齢者虐待。自分の優位を保つために、他者を差別し排除する人々。人間の負の側面を決して忘れることはできないが、いい面も確かにあった。家族や友人との楽しいひとときの思い出は、胸のあたりをあたたかくしてくれる。ひいきのスポーツ選手の活躍や、素敵な音楽、おいしい料理、可愛い動物とのふれあいなど、ささやかながらも幸福を感じられる場面も結構あったような気がする。そういえば、楽園にもあの音楽家は既に行っているので、向こうでもあの音楽は聴けるんだろうな。あのスポーツ選手の活躍も楽しめるに違いない。どんどんライバルに勝ってくれるといいな。

ん?待てよ。ライバルのファンはどうなるの?悔しがることになるの?ライバルのファンにとっても楽園なわけだから、ライバルが活躍して、私の好きな選手が負けることもあるわけ?それとも勝敗を超越した喜びが楽園にはあるのだろうか?勝敗を超越した喜びって何?勝敗があるから楽しいんじゃないの?こんな考え方って、私も俗物ね。これからは楽園の住人になるんだから、もっと高貴な思考を持たないといけないわね。俗物俗物。俗物?俗物のままの私が楽園に行くとどうなるわけ?っていうか既に楽園に行ったあの人たちは相当の俗物ぶりだったわよ。楽園で好きなだけブランド品を買うんだ、とか、好きなだけ美女をはべらしてやる、とか、好きなだけ劣った民族の人間を支配してやる、とか。あの人たちも楽園の住民になれば俗物じゃなくなるのかしら?ええーっ?今の楽園っていったいどうなってるわけ?楽園って何がどう楽園なの?行っても大丈夫なの?

悩んだところで、この世界にはミチルが一人残っているだけ。彼女の選択肢は二つ。楽園に行くか、一人でこの世界に残るか。さてミチルが下した決断は。そして楽園の運命は。