5月12日、残し、伝え、思い出すの繰り返しだと思うのです | TAKASHI BLOG

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移ろい行く日々の中で思ったことを心のままに描いていこうと思います
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5月11日。
オレにとって2つの区切りがあった日。

1つは3月11日にあった東北地方沖地震があった日。


2ヶ月経った。

あっという間なのか、
ここまでやっときた、なのか。

月日が経ったからか、
余震も前に比べて減った。
1ヶ月の区切りがあるからか、
テレビではいろんな人の
黙祷している姿が映し出された。


今でも信じられない。
これが現実ということが。

実際に自分が見たわけじゃない。
現地に行って、その被害を肌で感じたわけじゃない。

目で見えるものは、
現地の人の喜怒哀楽。

2ヶ月経ってもまともな生活を
送ることができない人がたくさんいる。

そんな中で仕事を失った人もいれば、
なんとか仕事にありつけている人もいる。

人生模様は十人十色だ。



あれほど駅前やいろんなところで行っていた
街頭募金を募る人もどこへ行ったのだろうか。

休日や平日に限らず、街はあの日を
忘れてしまっているかのようだ。


いろんな人がいる。

忘れたいと思っている人もいる。
忘れたくないと思っている人もいる。


そんなあの日から2ヶ月経った昨日。



そして、個人的には
先週も書いたが、
祖母の命日だった。


5月11日。
あれから1年が経った。
ちょうど1年だ。


忘れたくない日でもある。


どんなに言葉を尽くしても
帰ってこないものがある。

悲しみに暮れているけど、
どっかで吹っ切れているかもしれないわけで。


"人間っていうのは忘れる生き物"と言われる。

でも、忘れることなんてできない。
どんなに季節が流れても、
心の奥底にある気持ちなんて流されてたまるか。





世の中には忘れたくないことなんてたくさんある。


誰かの誕生日。
好きなミュージシャンの歌。
人生を変えた有名人の言葉。
恋人の甘い囁き。
自分の向かう先、夢。


まだまだある。


だけど、時間が経つにつれ、
自分たちが生活を送っている中で
捨てていく時間の抜け殻みたいなものに
そんな記憶たちが埋められていく。


時間は薄情だ。

悲観的な言葉かもしれないけど、
その通りだと思う。

薄情で、有限で、もう戻ってこない、


時間は。




そんな中でどっかに置き忘れたり、
捨ててしまったり、
踏み潰してしまったり、


記憶を。




自分はそうならない、と思っていても
そうなる可能性はたくさんある。



だから、オレはこうやって書くことで救われている気がする。

残し、
伝え、
思い出す。

そして、少しでもその波紋が広がっていく。

消えそうになったら、またその波紋を作るよ。

その繰り返し。



思いよ、回れ。