学生さんにとって試験は、大変重要なようだ。まあ僕が学生の頃も試験結果に一喜一憂していたので、わからなくもない。英語の箴言に、「学生は教師の述べたことを覚えるのではない、試験に出すことを覚えるのだ」というのがある。つまり、究極の講義と試験とは、全て休講で試験は非常に厳しく、1点でも少なければ落第というものである。わかっちゃいるが、僕はそんな先生は嫌だ。そんな先生にはなりたくない。だって、格好つけだもん。学生さん、そんな授業がつまらなかったら来なくていいよ。それで十分な知識と学力が得られるならば。でも、僕に教わった方が短い時間でよくわかるでしょう、と言ってみたい。それだけなんです。長い間、その学問ばかりをやっていると、研究だけでなく知識自体がその学問の体系に支配されて自分の中に秩序づけられることを経験します。つまり、解剖の先生は形態的に物事を認識するし、生理学の先生は機能的な見解を、生化学の先生は物質に基盤を置く、そういう何となく見方の違いが出てくるものです。だから学生さんには、同じ現象に関して色々な先生の見方を学んでいただけたらなと思います。こういうのを屋根瓦方式って言うんでしたっけ。