お湯が出ない

 

妻(認知症初期)がキッチンから僕を呼ぶ。

「ちょっと 来てぇ~」

 

「何?」

「お湯が出ないの・・」

 

僕は思った。

困ったなぁ、この寒い日にお湯が出ないとは。給湯器の故障か・・。お風呂のお湯も出ないと困るなぁ。

 

出ているのは確かに水、冷たい水だ。

 

 

 

(TOTOさんのに似たタイプの水栓です)

 

僕は気が付いた。

ん?

上のレバーが右いっぱいになっている。

レバーを左いっぱいがお湯で、右いっぱいが水で、真ん中が中間。もう何十年もこの家で同じ水栓を使っている。

 

「レバーが右いっぱいになってるよ」

「うん」それで?って顔をしている。

 

「それは水だよ。お湯は左いっぱいにしないと」

「あ、そうなの・・・」

 

僕がレバーを左いっぱいにすると、お湯が出てきた。妻はそうなんだと理解した。レバー左がお湯、右が水、真ん中が中間。何十年もやってきたことを、妻は忘れていた。

 

お湯が出たのでとりあえず一件落着。

だが、5分後に同じ話に・・・。

一連の会話を妻は忘れたのだった。

 

妻がキッチンから僕を呼ぶ。

「ちょっと 来てぇ~」

 

「何?」

「お湯が出ないの・・」

 

全く同じ話のやりとりをして一件落着。

さらに5分後にもう一度あるかもと思ったが、それはなかった。

 

たかがレバーを回すのを右左間違っただけの話・・・ではない。ずっと長年何十年も普通にできていたことが、出来なくなったのだ。

ショックだった。少し怖かった。

 

でも、妻はすぐに行動に移した。

自分の「メモノート」に大きな字でしっかり書いた。キッチンの水栓は、お湯を出すときはレバーを左いっぱいにすること。水を出すときはレバーを右いっぱいにすること。

 

妻は頑張ってる。

僕も頑張ろう。何事も。