うつになった...それでも生きます。

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うつでも生きていけます。

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会社の会議に「自分は参加しない」と言った。

 

 

前回の会議では「やる気がなければ次は来なくても良い、云々…」などと言った上役がいたので、もう参加しないことを決めていた。

 

 

「次はいきません」との旨、上司に伝えた。

 

「分かった」とだけ返ってきた。

 

 

 

これで自分はプロジェクトから辞退したことになる。

 

 

本当に良かったかどうかは分らない。

 

 

しかし、どうしても一緒に仕事をしたくない上役がいた。

こんな奴のもとで仕事はしたくないと思った。

 

何より一緒に居たくない。

声はデカいし、威圧感があるし…。

 

自分が苦手とする人物そのままのやつ。

 

 

 

簡単にいうと「逃げた」ということになるかもしれない。

 

 

 

しかし、自分の中で大切なのは「次は参加しない」と自分で決めてそれを伝えたことだ。

私にとってはそれ自体が大きな経験。

 

今まではいやいやながら、だらだらと付いていったであろうが…。

 

今回はキッパリ断った。

 

 

誰かに迷惑をかけることになるかもしれないと内心ドキドキでしていたが、周りからは何の反応もなかった。

 

参加しないのなら、それでいいということらしい。

 

 

 

「逃げた」という言葉と「チャンスを逃した」という思いがよぎったが、どうしてもいやだった。

 

中学生のような考え方だが、今の自分にはこれが精いっぱい。

 

 

 

 

結果がどうであれ、自分の意志を言葉にしたという事実が重要な経験になった。

 

 

 

 

自分という人間を作り上げる練習なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きくなれば大人しくなる。

 

社会人になれば振る舞いは社会人らしくなる。

 

 

 

多少、窮屈に感じるかもしれないがみんな同じようにやっているから自分もそのように振舞う。

 

 

 

これは悪いことではないが、自分の本心を失うほど周りに従ってはいないだろうか。

 

 

 

 

お年寄りの方々が後悔することがあるという。

 

「もっと自分らしく生きればよかった」と…。

 

 

 

本当は周りなど関係ないのだ。

 

 

子供の頃に無邪気に遊んだ自分がいるではないか。

 

 

大人になってもそのように振舞っていいのだ。

 

 

子どものころは親が監督していたから存分に遊んだ。

 

 

大人になれば監督者はいない。

 

どうなろうと全て自分の責任の元、行わなければならない。

 

 

 

自分の責任で…となると最初は怖い。

 

 

 

でも、その怖さは5年経つ頃には笑い話になる。

 

 

 

 

そうやって前に進めばいいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

中村天風の「運命を拓く」という本がある。

 

 

どうやらメジャーリーグの大谷も読んでいるとか。

 

 

20代のころ、色々と読んでいるうちに中村天風を知った。

稲盛和夫の本から知ったと思う。

 

経営者でもないのになぜ経営者の本を読んでいたのだろうか…笑

知りたかったのは経営術ではなく、心を強くする方法だった。

 

「想い」こそが人生を作るという稲盛和夫の言葉はよく覚えている。

 

 

 

それを説いたのが中村天風という人物。

 

 

最初に読んだ時は意味が分からなかった。

 

 

生命は全て「気」であるとか、

その気は全宇宙を想像したエネルギーであるとか…。

 

どこか宗教じみた話が多かったので理解できなかった。

 

 

 

あれから10年経ち、もう一度その本を開いた。

 

 

 

なんだか初めて理解し始めたような気がする。

 

 

どの宗教も世界を創造した「神」がいると説く。神道で言えばアメノミナカヌシ様であり、ギリシャ神話で言えばゼウスだろう。

とにかく始まる前から何かあったのだ。

 

 

 

哲学的に突き詰めていくとそう考えるしかない。何か「気」のようなものがあり、そのエネルギーが万物を創造したのだと。

そして人間はそのエネルギーを受け取る「心」を持っているのだから積極的姿勢で生きていこうじゃないかと云う。

 

 

 

それはあらゆるものを創造するエネルギーであるから、それを頂戴して世界の進化と向上に貢献しようじゃないかと云う。

 

 

エネルギーは進化という方向にしか動かない。宇宙に後退は無い。そして積極的である。

 

 

それを止めてしまっているのは自分の消極的心ではないかと説く。

 

 

 

 

たしかに、世の中の生物たちは進化を続けている。植物も動物も全て生き残るための進化を続けている。心が消極的で悩んでいる動物は自然界に存在しない。植物も種を遠くに飛ばす工夫を続けている。太陽光を求めて森の樹々たちは上へ上へと枝を伸ばす。全て積極的に動いている。

 

 

 

 

人間もこの宇宙の住人であるならば積極的思念を持ち、前向きに行動し、良き言葉を使おう、ということである。

 

 

 

10年経って、40手前にして、ようやく理解し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

20代中頃から「自己啓発書」なるものをたくさん読んだ。

 

 

成功という言葉に惹かれたし、人から認めてもらいたかった。

 

 

だた、自分が何者かが分かっていなかった。

 

 

どんな分野で成功したいのか、何の仕事が出来るのかも知らなかった。

自分が何になりたいのか、どんな生活がしたいのか、

何も考えていなかった。

 

 

だから「成功する○○の法則」などという本を読み漁った。

 

何を欲しているか知らないにも関わらず。

 

 

 

 

結局、成功しなければいけないというプレッシャーだけを貰った気がする。

 

貧乏なままで劣等感だけを感じる毎日だったと思う。

 

 

 

自分を知っている人は、何を欲しているかを知っていると思う。

だから何を読めばよいかを知っている。

 

そして人の話を全部鵜呑みにすることもない。

 

 

 

私は自己啓発書の全てを鵜呑みにした。

 

 

「そりゃぁないでしょ!?」とツッコミもしなかった。

 

 

 

 

本を読んでいれば自分の意見と違う部分も出てくる。

考えが違えばツッコミを入れたくもなる。

 

 

 

でも当時はそんなことまったく考えなかった。

 

 

 

やはり自分という人間を知らなかったのだろう。

 

 

 

 

自分を知っていれば、やれないことは無理してやろうとはしない。

出来ることを地道にやろうとする。

出来る分野で成功しようと思うはず。

 

 

 

出来ることをキチンとやって満足する人は、自分を知っている人だと思う。

 

 

 

 

何を読んでよいか分からないというのは、

 

やはり自分の欲するものを知らないからだろう。

 

 

 

 

 

 

 

人が話していると気になる。

 

物がなくなると盗られたと思う。

 

みんなが自分の悪口を言っているのではないかと思う。

 

 

 

私のようなうつになる人間はとにかく疑い深い。

 

 

なんでも自分の事ではないかと気になってしょうがない。

 

些細なことですぐに凹む。

それが一日中ずっと心を支配する。

 

事実を見てもいないのに、そして聞いてもいないのに憶測でものを考えて勝手に自分を被害者にしてしまう。

 

 

 

 

しかし大抵の場合、周りの人たちは自分のことを話しているのではない。

 

9割9分「勘違い」である。

 

 

自分と関連付けて考えている時は、立ち止まって考えなおしてみる。

「本当に聞いたのか?」

「事実を見たのか?」

と問うてみる。

 

 

答えはほぼ100%「見ていない」、「聞いていない」である。

 

 

そうだとしたらなぜ人の話を気にすることがあろうか。

 

 

長い間、この悩みが付きまとってきた。

勝手に被害妄想を抱いて生きてきた。

 

人が話していると何かにつけて「オレの事か…?」と不安を抱いてきた。

 

今考えれば「全て」勘違いだった思う。

 

 

そんな小さなことで日々消耗する人生はもう嫌だ。

 

だって勘違いだから…。

 

 

 

 

そんなことで30余年も神経をすり減らしていたと思うと悔しくもある。

 

 

 

何でも自分と関連付けるのはもうやめよう。

 

 

 

 

 

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もっと若いうちに自分を見出せていたらと思う。

 

 

中学、高校、大学となんとなく過ごしてきた。

 

 

親の願いを叶えるだけの人生だったように思う。

 

 

 

 

大学も卒業して親も満足するような会社に就職したが、苦しさだけが残った。

 

 

 

この世の中を生きるのは大変なことである。

 

毎日起きて、仕事をして、

そんな日々の中で恋人を見つけて結婚して…。

 

それを自分でやるのかと思うと絶望的な感覚に襲われた。

 

 

 

いままで人の言うことを聞くだけの生き方だったので、自分で生き抜くということを知らなかった。

生きる知恵もなかった。

 

世の中は不公平に満ちていることも知らなかった。

 

 

というより、そんなことに目を向けようとしなかったという方が正しいと思う。

何となく過ごしていただけで、現実を見ようとしなかった。

 

将来はこうしたい、ああしたいなど夢ばかり見ていた。

 

 

これまで逃げ続けて、結局うつになった。

 

うつと診断されて3年ほどになるが、最近になってようやく自分という人間を受け入れる準備が出来てきたかもしれない。

 

 

その「自分」とは、

 

会社で役職をもらってもその責務を果たさなかった自分である。

彼女がいたものの、相手の気持ちも分からずに、結婚という将来から逃げた自分である。

夢ばかり語って、行動しなかった自分。

 

私という人間はこんなにもぼんやりと生きてきたのかと思うと、悔しくなる。

 

しかし、どうやらそれが現実らしい。

 

 

そんな自分にもっと早く気づけたらと今更ながら思う。

 

 

高校や大学時代に気づいていればと思う。

 

 

もはや40歳に手が届きそうな年齢になって、ようやく自分が見えてきた。

 

 

 

 

 

情けなくもあるが、同時によく今まで苦しさに耐えて頑張ってきたと思う。

情けなくもあるが、自分という存在を大切にしようという思いが出てきた。

 

 

 

本当は少年時代や学生時代に通る道であると思うが、私の場合は20年以上遅れているらしい。

 

 

だが、絶望感はない。

辛い気持ちもあまり感じない。

 

これが私なのだから受け入れるしかないようだ。

 

 

もはや誰とも比較する気もない。

 

 

昔は劣等感の塊だったから、他人(特に役職者)とよく比較していた。

 

 

そんなことはもういい。

 

 

 

 

 

 

 

自分を見つけるのは早い方が良い。

 

自分を見つけるのは自分を受け入れるということであろう。

 

 

 

これをお読みのみなさまは既に承知のことかもしれない。

 

 

 

私は、アラフォーになった今、ようやく、ぼんやりと見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

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会社の上司に注意された。

一瞬頭が真っ白になった。

 

普段通りにしていたはずなのになぜか注意された。

 

 

そして嫌な感情が湧いてきた。

 

 

その感情が一日中付きまとう…。

仕事をしていてもずっとそのことばかり考えている。

 

 

 

冷静に考えれば注意されたことは妥当かもしれない。

自分に非があるかもしれない。

 

上司の言ったことは確かに間違ってはいないと思う。

 

 

 

 

しかし、胸が苦しくなり呼吸が浅くなるほどの苦しさは何なのだろうか。

 

 

 

これは本当にその人に対する感情なのだろうか。

 

 

 

これに似た経験は過去にもある。

 

何度も。

 

 

 

そのたびに苦しみと怒りが沸き上がる。

 

 

 

 

たぶん父親に対する感情ではなかろうか。

 

 

小さい頃に何度も味わった屈辱を覚えているのだろう。

 

 

子供であるにもかかわらず自由がなかったという理不尽に対する怒りだと思う。

 

 

普段通りに過ごしているはずなのに、なぜ叱責されるのか。

 

 

 

子供のころに覚えた感情だと思う。

 

 

 

 

注意した上司に対する怒りではない。

 

この苦しみは子供のころに味わった経験を「今」体験しているのではないか。

 

 

女性に対してこの感情を抱いたことはない。

 

そして年下の男にもない。

 

必ず「年上の男の上司」に対してこの感情を抱く。

 

 

 

出来事は今の出来事だが、心は昔のあの頃を体験している。

 

 

 

年上の男を前にして父親から叱責された体験が蘇っている。

 

 

 

 

そう考えれば納得できる。

 

 

 

 

そう考えれば上司と自分の感情を分けることが出来る。

 

 

そう考えれば上司に憎しみを抱く必要もない。

 

 

 

 

 

昔覚えた感情を別の人を通して味わっているだけなのだ。

 

 

 

 

 

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子供のためを思ってのことである。

 

しかし、子供の進む道は子供が勝手に決めるもの。

 

勝手に進学先を決めてしまうような親の先回りは子供のためにならない。

 

 

 

自分で何も決められなかった子供は、大人になっても何も決められない。

親が決めた進学先や就職先では長続きしない。

 

そんな環境で育った人間は「自分」がなくなる。

 

 

あの時、この道に進もうと決めた「自分」。

あの時、こうやったから上手くいった「自分」。

あの時、負けて諦めた「自分」。

 

 

自分で決めて進んだからこそ学びがあり経験が残る。

 

 

一方で人に決められたレールには憎しみしか残らない。

人に決められたという不満が残る。

 

 

そんな不満が限界まで溜まれば精神を患う。

不満の矛先が内側(自分)に向けばうつになり、外に向かえば事件を起こす。

 

 

一体何に不満を持っているのかを考える必要がある。

見たくない事実を正面から見なければならない時が来る。

 

自分は本当に自分の選んだ道を進んできたのだろうか。

 

 

その道は誰が決めたのか。

 

自分以外の誰かであれば長続きしないのも当然。

親に決められた道を歩くだけなら不満が溜まって当然。

 

 

決める方はただの親の自己満足にすぎない。

 

 

親の先回りは子供にとって迷惑にしかならない。

 

 

 

 

 

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憎しみはなかなか晴れない。

 

すぐに心から飛んで消えてなくなれば、これ以上簡単なことはない。

 

 

消えないのはなぜだろうか。

 

 

 

そもそも誰に対する憎しみを抱いているのか?

 

 

 

会社の同僚や上司、別れた恋人、両親…。

 

 

 

例えば会社の同僚など身近に接する人に憎しみの感情を持っていても、

本当の憎しみの対象はその人ではないかもしれない。

 

 

 

その感情は小さい頃や青年期に抱いたものが解消されずに出てきていることがある。

 

 

いつも同じタイプの人に似たような感情を持ってしまう時は、

自分の過去を見つめなおすと良いかもしれない。

 

 

「今」出てきているその憎しみは「過去」に作られたということもあり得る。

 

 

その「過去」の憎しみは一体誰に対して抱いたものだろうか。

 

 

そこを紐解いていかないと、同じ場所でつまづき、同じタイプの人でつまづく。

 

 

 

 

 

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大相撲では白鵬さんが優勝しましたね。

 

 

「私はジャパンドリームを夢見て日本に来た」と言っていたのを思い出しました。

 

 

 

・・・。

 

 

「ジャパンドリーム」って何?

 

 

 

アメリカンドリームなら知ってますが…。

 

 

アメリカンドリームというのは至極単純です。

カネ、地位、名声。

この三つが全てです。

 

 

カネはパワーであり、パワーを持つものが権力を得る。

 

 

不動産王であるトランプさんが大統領になったのはまさにアメリカンドリームです。

カネ、地位、名声。

全て手に入りましたね。

 

 

 

しかし、ジャパンドリームって...。

 

 

 

たぶん、カネと地位と名声の先にあるような気がする。

 

 

ジャパンの場合は「後世に残す」という宿題が待っていると思います。

カネを残すわけではありません。

残すのは「技」や「精神」と言ったアメリカンドリームとは異質なものでしょう。

 

 

 

日本には創業100年を超す企業が山ほどあります。

伝統工芸、伝統園芸、伝統演芸など様々なものが受け継がれています。

 

 

 

一代でカネと地位と名声を得ても「技」や「精神」を残せないのなら、それはジャパンドリームとは言えないのでは?

 

 

アメリカという国はまだ250年ほどの歴史しかありません。

かたや日本は2000年近く歴史を紡いでいるのですから、カネや地位よりも大切なモノに気づいたのかもしれませんね。

 

 

 

大相撲で優勝回数を重ねる白鵬さん。

カネと地位と名声は手に入りましたね。

 

彼が本当のジャパンドリームを手に入れるのはまだ先のことでしょう。

 

親方になって如何に多くの弟子を育てることが出来るか。

今後の相撲界に何を残せるか。

 

 

自分が手に入れた技と精神を後世に残してこそジャパンドリームですね。

 

 

 

 

 

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