来週で勤続20年になる。





本社ビルは、2個下にあたる。





工場のなかでも





1番古い機械は





本社ビルが建った時に購入されたもので





いまでも元気に稼働している。





当時は若い人がいなく





製造部長の無茶振りで





事務仕事が終わった20時くらいから





毎日23時過ぎまで





当時、その中でも若手だった





40代中盤のオペレーターと





私が動かしていた。





残業代は、もちろんもらえず






不憫に思ったオペレーターが






帰りにラーメンや給料が出ると






飲みに連れて行ってくれた。






それが半年くらい続いた。






今でこそ、そんなことはあり得ないが






当時は機械を覚えることも






そうやって現場に馴染むことも






自分のためだと思って働いていた。





その経験は無駄ではなく





多少なりとも現場の苦労が






わかっているつもりだ。





今日、現場に行くと






ふとその機械が目に止まり





私をみて





そんなことを





思い出してくれていたように見えた。






稲穂が実り








1週間、天日に干していた。





それを今日





脱穀して精米してみた。









すり鉢に移して










ボールですり潰して





息を吹きかけると





皮だけが飛ぶ。





これを繰り返す。





炊いてみた。






玄米風ごはん。





自分で作った米は





やはり美味い。

















会議でもよく上がる話題ですが






リーダーは慢心したら終わり





という話です。






20代後半くらいで






リーダーに任命され






仲間より頭1つが飛びでた瞬間から






経験が浅いくせに






急に指揮官に徹したり






リスクをとれと部下に言う割には






自分が安全地帯にいたり






批評が日常化したりと






ベテランぶり始める。





そんなやつはダサい。






「迷ったら厳しいと思う道に行け」






当たり前のように使われるこの言葉は






変にベテラン扱いされ始める世代に





向けられた言葉なのではないかと





最近思う。






だから「困難は成長する機会」なんだ。










階段に例えると




1段目も登れてないのに




10段目が登れない不安を抱えている





ような状態で





できないことを探して不安になるより






できることを探して






一歩ずつ丁寧に





登っていくことを考えた方がいい。





何かやろうと





気ばかり焦って





あれこれ悩んだ末





適当に終わるか、やらずに終わるくらいなら





目の前のできることを





丁寧に確実にこなすことで






新たな気づきや





いつのまにか、一段飛ばしして






10段を駆け上がってたりする。





だから最初から





ハードルは上げすぎない。




だけど




絶対に10段を登り切る!という





執念は忘れないこと。





誰でも気づいている違和感や不満を

 

 

 

 

ポジティブに転換するためには

 

 

 

 

発信してはじめて道は開ける。

 

 

 

 

見えないところでゴチャゴチャ言っても

 

 

 

 

伝わらないし何も変わらない。

 

 

 

 

 

これ以上続けても

 

 

 

 

見込みがない、良い結果を得られない

 

 

 

 

と分かったらやめる。

 

 

 

 

これは非常に大事なことだ。

 

 

 

 

そして、やめることを判断するのは

 

 

 

 

非常に勇気のいることだと思う。

 

 

 

 

自分が言い出しっぺであると特に感じる。

 

 

 

 

言ってしまった手前、結果を得るまで粘ってやり続けるが

 

 

 

 

最終的に

 

 

 

 

疲弊する→飽きる→ダレる→やめることになる。

 

 

 

 

だから、リングにタオルを入れるのは自分なのだ。

 

 

 

 

あーあ、最初からそう思ったんだ。

やり損じゃん。

 

 

 

 

観客から、こんな野次が飛んでくる。

 

 

 

 

この時間は耐えるしかない。

 

 

 

 

何かを言えば、それは言い訳にとられる。

 

 

 

 

観客が立ち去った会場を

 

 

 

 

1人掃除をしながら

 

 

 

 

敗因は何かを考える。

 

 

 

 

すると次は必ず成功させる!

 

 

 

 

という闘志に火がつく。

 

 

 

 

反省はこの時間だけ

 

 

 

 

そこからは未来をつくる時間となる。

 

 

 

 

人生とはそんなもの。

 

 

 

 

そうやって成長するのだと思う。

 

 

 

 

野次の途中で誰かのせいにしたり

 

 

 

 

掃除もせずに会場を去ってしまっていたら

 

 

 

 

望む未来は得られない。

 

 

 

16年使ったテレビが故障したので





買い替えました。





家電量販店で





「処分は設置したときに引き取りますか?」





と聞かれ





「ちょっと考えておきます」




と答えておいた。





1インチ=10000円の時代に買ったテレビは





思い入れがあり





テレビを観ているときに





電源が落ちてしまうけど





ゲームやパソコンのモニターとしては





まだ使えていたので、結局





それから半年間は





使わずに置いておいた。





しかし、邪魔だという意見が増えて





ついに廃棄をすることにした。





買い替えついでに引き取りを依頼すると





5000円近く引き取り処分料が発生する





自分で処分場へ持ち込めば





3000円くらいで済むという。





リサイクルセンターも見てみたかったので





自分で廃棄する方を選んだ。





自宅から車で10分ほどの処分場。





リサイクルチケットは郵便局で購入。





ブラウン菅か液晶プラズマか





テレビのメーカー、大きさを伝えると





見合った廃棄料金を提示される。





42型のプラズマで





2970円に手数料300円を支払う。





クルマに運び入れて、郵便局に行って





2000円程度の差なら





任せてしまってもよかったかも知れない。





それ以上に処分場を見てみたい気持ちが





強かった。





以前、行政のゴミ処理場に





布団を捨てに行ったことがある。





クルマごと台貫で計り





大きな穴の空いた処理施設に放り込んだ。





落ちたら這い上がれないような





巨大な穴だった。





その上をクレーンゲームのような





重機が廃棄物を掴み





落としていた。





今回は、スクラップがメインの施設だった。








30分ほどしかいなかったが





トラックが4台も持ち込みに来た。





エアコン、クルマ、冷蔵庫…





それをお構いなしで





クレーンやフォークリフトで掴み





取り出していく。





洗濯機なんかは





横腹をフォークでブスッと刺して





持ち出している。





クルマは、取り出した後





重機でスクラップされて積み重ねていた。





持ち主の思い出など





感じているヒマもないくらい忙しい。





品種ごとに分けて、さらに分解するのだろう。





ブラウン管テレビなんかも





たくさん捨てられていた。





私もポツンと置かれたテレビを





バックミラーで追いかけながら





処分場を去った。





廃棄の光景を見ていて





つくづくモノを大切にしたいという気持ちが





強くなった。






ミニマリストではありませんが





選んでいる時間がもったいないので





洋服を最初に圧縮しました。





今シーズン着なかったなというような





いつか日の目を見るだろう、というような服は





処分しました。





次に圧縮したのが、仕事です。





集中して一気に取り組みます。





だから本当に稼働しているのは





1日の中で4時間くらいだと思っています。





今まで何をして、そんなに時間がかかっていたか





調整や確認、忖度のような何となくの時間だと





気がつきました。





そこはルール化して





いちいち調整しなくても





合意の得られたルールなら





ルール通り進めてよ、で終わり。





時間を守らない、ルールを守らない人がいると





周りは怒らせたくないから





忖度して手間がかかる





もう、そんなことには構っていられません。





4時間以外で未来のことを考えないと





現状を抜け出すことなんて





できないのです。





そして、その時間は





同じ穴の狢でいては





気がつかないことも多いため





そこから離れたところで





考えたり、話したりするが良いのです。





今日も自分のことだけ考えていて





「オレ的には午後からやるのが

ベストなんだけど」





などと一点張りの人がいました。





周りの人は、怒らせたくないから





あえて手間とコストのかかる方法を





「仕方ないよ」





で選択しようとしていました。





全体最適を見て、午後からでは遅いので





「午前中に終わらせるよう順番を変えてくれ」





と私は彼に伝えました。





不満そうなことを漏らしていましたが





お構いなしです。





たまたま発見した事例ですが






現場では、こうしたやりとりが





頻繁に起きています。





ベストチョイスは何なのか





皆が考え行動してくれたら





もっと圧縮できるはずなのです。







テラスで





音楽を聴きながら





1週間分の新聞を読む。





もう何年も続けている





日曜日の朝のルーティン。





わならないことは





その場ですぐに調べる。







時々、そのまま寝てしまうこともあるけど





この時間が自分には





とても貴重だ。





今朝、かかりつけの病院で

 

 

 

 

ファイザー製のワクチン接種をしてきました。

 

 

 

 

いまのところ何の変化もありません。

 

 

 

 

肩が上がらない、熱が出るなど

 

 

 

 

いろいろ聞かされますが

 

 

 

 

まあ大丈夫でしょう。

 

 

 

 

発熱もないし。

 

 

 

 

2回目は月末の予定です。