0377 再訪
市指定有形文化財
鍛冶屋下橋(かじやしもばし)
熊本県八代市東陽町北字西原
鍛冶屋谷西原川に架かる石橋
橋長:7.03m
橋幅:2.46m
径間:3.92m
拱矢:0.72m
架橋:1804年(文化元年)頃
石工:藤原 林七 氏
型式:単眼アーチ橋
指定:1988年(昭和63年)3月1日 市指定有形文化財 指定
ここも2014年8月以来、約7年半ぶりの再訪です。
●大久保自然石橋は橋本勘五郎氏が74歳(1897年)の時に自然石をアーチ状に積み上げて架けました。
●鍛冶屋自然石橋は橋本勘五郎氏が72歳(1895年)の時に自然石を積み上げて架けましたが、2007年(平成19年)の大雨で流失しました。自然石なので復元は不可能と思われます。
因に橋本勘五郎氏は林七氏の孫にあたり、息子の嘉八氏の子供丈八氏になります。名字や名前が変わるので、悩みの種でしたが、本家東陽町で勉強になりました。
藤原林七が高度な技術に挑戦した最高傑作です。これを完成したことにより、アーチ型の目鑑橋の技術が確立したと言えるでしょう。
5項目で申しますと、
1)拱矢比5に近いアーチ橋では輪石の加工精度を高くする。
2)基礎部分が岩盤である。
3)川の流れから直撃を受けない場所にする。
4)溶結凝灰岩が最適な石材である。
5)輪石の厚さが橋の強度をきめる。
これは、大地の自然を大切にし、気候条件も考えて、自然と共に生きる橋として誕生しています。
これだけの技術を引き継いだ嘉八と三五郎が次代を背負い、技術を高めていきます。これより14年後は文政元年(1818年)ですが、25歳になった三五郎により、砥用町に雄亀滝橋が架設され、30町歩を上回る新田が誕生しています。もちろん水路橋です。
通潤橋は更に36年後、丈八の設計で完成し「橋本姓」を戴きました。
指定ランク・・・・市指定
種別・・・・・・・有形文化財・建造物
指定年月日・・・・昭和63年3月1日
(※八代市HPから引用)
訪問日:2021年12月26日(日曜日)
鍛冶屋下橋
鍛冶屋下橋 橋上
拱頂部
鍛冶屋下橋
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鍛冶屋下橋