完全にペースを握った2ラウンド。



相手が前に出てきた時、ローを打ったのが股間に当たった。

前に出てきたので感触は本当に軽く、当たったかどうかも解らないくらいだ。



しかしマーティンは
“痛い 痛いポーズ”

「なんだコイツ!?やる気ねえじゃん!!」

悶絶?


俺は今まで金的を受けた選手を見てきたが 明らかに“それ”とは違う。


完全に “これで勝てるんだからこれでいいや”的な匂いがプンプンした。


しかも相手が前に出てきたところだ。お互いの動きで起きたアクシデントだ。


レフリーが


「すまないが試合終了だよ」


と “勝てる試合だったのに申し訳ないね”という顔をして言ってきた。


さすがに マーティンのセコさに気づいていた俺は、完全に“キレた”。



マウスピースをマットに投げつけ

「ふざけるな!!」

と。



「あいつは嘘をついてる!芝居だ!」




……… しかし 裁定は覆らない。


セコンドが

「あと一回やったら失格負けですよ!」

と言ってくれてたら、と思ったが仕方ない。

もう後の祭り。


そしてふと目をやると

さっきまで

“痛い 痛いポーズ”をとっていたマーティンが、何事もなかったようにインタビューを受けている。


「あーあ やられた」

マーティンはインタビューを終えると俺に文句も言わず、びっこをひきながら引き上げていった。

見た目は敗者そのものだった。



終わってからバスルッテンと話をした。

バスは


「最後のローは本当に怪しかったな ファールカップを蹴った音が聞こえなかった。 ただ 素晴らしいアウトキックボクシングだったよ!」

やはり 解る人間には解る。



控え室に戻ると 一人の黒人のファイターが俺達の方にやってきた。


彼はマーティンと同じ控え室だったようで


「あいつ 最後のは嘘だよ。 控え室で足がいてえ いてえって騒いでるよ!」



セコンドの方は英語がかなり出来るので、いきなり訪ねてきたファイターの話が理解できた。



「あいつ 俺が打撃ができるようになってたからどうしようもなくなってましたよね」


セコンドも


「負けにされましたけど 内容は勝ってましたよ 練習でニコラスとやってた事が出ましたね」



俺は負けたがどこか満足感があった。


会場を後にしようとした時、二人の男性が 記念撮影をせがんできた。


こういうのは本当に嬉しい。


「やってて良かった。」


と思える瞬間だ。



そして 打ち上げが行われるホテルのレストランへ向かう。



そこには



たくさんの人達が俺を待っていてくれた。



どこか損をする人生を歩んでも “見てる人は見てる”のだ。



人生は本当に面白い。





続く。