翌日 体重を計ると 3キロだけ戻っていた。


この階級ではかなり少ない戻り方だ。


「仕方ないか」


とにかくやるしかない。



会場までバスで向かう。


会場はホテル近くの大きな大きなホールだ。




試合数が多いため、リラックスする。



様々な選手がいる。

筋骨隆々の選手やたるんだ体系の選手。 メガネを掛けて読者をしている“インテリファイター”もいる。




今回は打撃に重きをおいて練習してきた。

とにかくアウトボクシングをやってきた。


実は朝も一回息あげのためにミットをやったのだが、その時にトレーナーが
「インローを打ってみましょうか?」
と提案してくれた。その場でパンチングミットをうまく足に合わせ インローを打つ。
なんともぶっつけ本番な感じだ。

しかし とが試合の当日に提案してくれたこの ローキックが 試合の鍵を握る事になるとは思いもしなかった。




自分の自分が近づいてくる。


アップを始める。


打撃のミットを入れたサーキットが始まる。


「パアアアアァァンッ!!」


と鋭い音がこだまする。



プライド時代寝技で “アンデウソンシウバを撃破した男”の打撃に皆、興味津々で見ている。



サーキットが終わりトレーナーが


「みんな高瀬君のパンチ見てましたよ!自信持って!」

と奮起させる。



だが俺の心はまだ浮いたままだった。


打撃の試合を経験したが まだ結実していない。

練習でやってる事が出せるまでに。




しかし 時は思考とは裏腹に進んで行く。


係の人間が 俺に入場を即す。



勝手に用意されたヘヴィメタルの曲と共に入場。


場内は興奮状態だ。

テリーマーティンはシカゴの選手だ。

今か今かとブーイングするのを待っている観客達。


リングと聞いていたがルールミーティングでオクタゴンだと知った……というお粗末な現実もこの時ばかりはどうでもいい。


入場してくるテリーマーティンに


お前は俺より強いのか? 弱いのか? と
心の中で問う。


いや これは弱い自分だ。弱い自分が強い俺を飲み込もうとしている。



名前がコールされる。


「ダイジュ タカーせー!!!」



場内は割れんばかりのブーイングだ。


「きた!」


俺はこのブーイングの嵐に胸に手を当てて頭を下げる。



「なんて 気持ちいいんだ…」



ブーイングで自分の実力を出せないなんて、それこそ言い訳だ。 と、この時確信した。

ブーイングは体中に行き渡り

体中に巡り


鳥肌を立たせ


ポジティブな力に変わる。



ブーイングが最高に心地よい。



もちろんテリーマーティンには拍手喝采だ。



リング中央に行き レフリーが何やら言っている。


テリーマーティンは俺を睨みつけている。



「みとけよ外人 泣かせてやる。」



俺は思った。




ノックアウトしてやる。




そして


開始のブザーが鳴った。




続く。