今回は、2018年4月5日にご逝去された恩師高畑勲監督との思い出と遺作である『かぐや姫の物語』について綴りたいと思います。

 

私は日本大学芸術学部の大学院時代に高畑監督の授業を受けていました。

忘れもしない金曜の5限。人数は聴講も含めて5~6人前後。

カナダやフランスの留学生も3人いました。女子は私ひとり。

この少人数で週に一時間半も高畑監督の講義を受けられるというなんとも贅沢な時間でした。

 

ーまず自己紹介

状況を整理して分かりやすく説明するためにもまず私の自己紹介。

私は、大学は日本大学芸術学部の音楽学科の中にある情報音楽コースに在籍していました。

中間論文ではCM音楽、卒業論文ではドラマ音楽の研究をしていて

そのような経緯もあり、大学院は音楽ではなく映像芸術を専攻していました。

高畑監督の講義を受けていた大学院の1年生のときには

すでに歌詞提供していて作詞家の道を歩み始めていましたが、

今では多く手掛けているアニメ作品のお仕事はひとつもしていない時期です。

後に私は作詞家と両立できなくて大学院を中退しました。

 

ー高畑監督の思い出

初夏くらいだったでしょうか?

4限が大学生の講義で10分間の休憩のときに牛乳を片手にパンを食べていて

そのまま5限始業ベルが鳴って最初の数分間にパンを食べながら講義をしていて

これが噂の“パクさん”だとひとり興奮しました。

 

私が高畑監督の講義を受けていた最大の理由は

日本を代表するアニメーション監督の高畑監督がどんな人物で何を大切にしているか知りたかったからです。

そして、アニメーションと作詞で分野は違うけど

同じものづくりをする者として“何か”を取り入れたかったからです。

発する言葉の奥をずっと気にしながら講義を聴いていました。

 

高畑監督は、1つのことを話すのにたくさんの想いや知識が溢れて

言葉を選びながらお話してくれているような言動が印象的でした。

本当に些細なことを話すにも同じような印象で

時にもがくように言葉をまとめているように感じるときもありました。

 

何より好奇心が強く、ひとつひとつのことに疑問を持つ方でした。

日本大学の芸術学部は放送学科と映画学科に分かれていて

高畑監督の講義は映画学科に属しているといえる講義で

私は放送学科の教授についていましたが、私以外の生徒は映画学科の教授についていました。

最初の授業のとき、ひとりひとり自己紹介をして高畑監督はメモを取っていました。

私が放送学科のくだりを話すと、「どうして放送学科と映画学科で分かれているんだろう」と言いました。

他の生徒が「放送学科はブロードキャスティングで…」とそれぞれの放送学科と映画学科の違いを話して

そんな論を交わし合えるところが大学院の魅力のひとつであるわけですが

高畑監督はこの「どうして放送学科と映画学科で分かれているんだろう」という疑問を週を変えて3回度ほど言葉にしました。

ある日、「放送と映画で作る作品って変わるのかな」と言っていて

ずっとそのことが引っかかっていたのだなと思いました。

 

一番最初の講義で、大学院は日によって人数が集まらないときがあるので

内容を置いてきぼりにしないためにも外にコーヒーを飲みに行くときもあると説明されていたのですが

私が受講していた中では2人しか集まらないときに1度だけコーヒーを飲みに行くことがありました。

コーヒー以外にも「これなんだろう?これも頼んでみよう」と

卵とハムのガレットのような食べ物にも興味を抱いたようで

そちらも注文してくださって、好奇心と興味を示す範囲に広さをここでも感じました。

 

進路をどう考えているか質問してくださって

「今は映像を専攻しているけど、私は音楽の道で生きていきたい」と即答したことを覚えています。

その流れで上々颱風の話になって、本当に大好きなアーティストであることが伝わってきました。

ジブリに映画に起用してほしいとたくさんのCDが送られてきているみたいだけど

高畑監督は一切聴いていないことと

自分が好きな曲やアーティストを起用したいと語っていて高畑監督らしいと思いました。

 

それから何年かして高畑監督との思い出がふと懐かしくなってガレットを食べに行ったのですが

お店はなくなっていました。

とても寂しかったのですが、高畑監督という存在は私にとって時々振り返る過去の素敵な思い出ではなく

背中を追いかけるべき前にいる存在であるということを神様に言われているような気がしました。

 

ー講義について

講義の一番最初に教えていただいたのは、

日本のアニメのルーツは鳥獣戯画などの十二世紀の絵巻物であるという持論からでした。

 

日本の漫画やアニメは、「おもに輪郭線と色面で描かれたさまざまな絵をならべ、それに言葉をそえて、時間とともに、お話をありありと語ったもの」でこの特徴が十二世紀の絵巻物にも見られます。

 

また、絵巻物の見方は大きく分けて2つあるのですが、

左手は添えるだけで右手で絵巻物をどんどん巻き取り続けながら絵巻物を見ることで

映像と同様にカメラや被写体が動いているかのような被写体験ができます。

 

このことから高畑監督は、日本のアニメのルーツが十二世紀の絵巻物であるという考えに行き着きます。

詳しくは、監督の著書「十二世紀のアニメーションー国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるものー」に詳しく綴られています。

 

こちらのサイトでも詳しくまとめられています。

アニメは850年続く日本の文化!『十二世紀のアニメーション』~レジェンド本を学ぶ

https://www.pixivision.net/ja/a/1303?p=1

 

 

 

その他に講義では、セリフなしのアニメーションをたくさん観させていただきました。

最初に説明も少なく、その後に監督が細かく説明をしていくのですが

例えば、後ろを振り向いた。一瞬動かしていた手を止めたなど

ただ観ているだけでは見過ごして気付けないような

ちょっとした動作からストーリーやキャラクターの感情の動きがくみ取れるということを教えてくれました。

 

私はそれまで無意識のうちにアニメーションというものは

セリフがあってセリフに合わせてキャラクターを動かすものだと捉えていること気付きました。

でも正確には…少なくとも高畑監督は人間そのものを描いているように私には感じられました。

人間だから心があり感覚がありそこから意図的にも無意識にも動きがうまれて言葉を発する。

そのすべてすべての動作に意味があって絵を動かすことによって人間に近づけることがアニメーションで

監督が追い求めて重きを置いていたことのように思えています。

 

このことは私がコラムで記した「アニメソングの歌詞の書き方」にも通じている部分があります。

http://www.music-mastered.com/supple/detail/28/

http://www.music-mastered.com/supple/detail/29/

 

 

いつからか私にとって持論となっていたキャラクターを人間として捉えて

セリフになっていない感情やシーンにはない日常を想像して歌詞を書くという

この考え方は今になって整理をすると高畑監督と出会ったことが大きく関係しているように思います。

 

ー映画『かぐや姫の物語』

ちょうど私が講義を受けているときに、高畑監督は『かぐや姫の物語』の制作に入っていました。

というのも、講義の中で『かぐや姫の物語』を制作していることと

脚本を完成させないといけない時期であることもお話してくれていました。

 

こちらのサイトにプロデューサーの西村義明さんのインタビューがあります。

http://animestyle.jp/2014/02/05/6834/

 

すでにこのブログで述べた絵巻物についても書かれていますし、

スケッチ風の淡彩の画面でやりたくて表現が先にあったことを私も高畑監督から直接聞きました。

このタッチで静止画でなく動画=長編アニメーションが制作されていることが

難しく挑戦的なことであることはアニメーターでなくても想像ができます。

 

表現と内容の一致とありますが、『かぐや姫の物語』の原作の『竹取物語』は日本最古の物語で

日本のアニメのルーツは十二世紀の絵巻物であると高畑監督は考えていて

どちらも平和時代ものといわれていて日本最古のものであるという点で

絵巻物のような背景美術と人物が一体化したスケッチ風の淡彩が

表現として相応しいということなのでしょう。

 

これは私の考え方ですが、平安時代にアニメーションを作る技術があったら

『かぐや姫の物語』のような表現方法のアニメーションになっていたかもしれないという視点であったり

絵巻物をアニメーション化した作品と捉えて楽しむこともできると思います。

 

その他にインタビューにある

「線の向こう側にある本物」

「いちどアニメーターのフィルターを通して出力されたものが本物の表現になる」

「命を吹き込む」

この辺りのことも同じことや近いこともお話してくださってそう解釈していたことでもあります。

 

例えば鉈を振るうシーンでは、実際より鉈の動きを曲げてしならせることで

本物の動きより本物らしく見えると言っていました。

 

実際に映画が公開されて映画館まで観に行きました。

監督がやりかったことを耳にしてから目にする作品というのは

今まで観たアニメの中でも特別に感慨深いものがありました。

 

後ろで観ていた老婦の奥様がかぐや姫が赤ちゃんのときの動きを観て

「あらぁ、可愛い」と思わず声を出していて

アニメーションが本当の人間の赤ちゃんとして表現できていることの表れだと思いました。

あのシーンは、インタビューにあるように本物の赤ちゃんをロトスコープのように実写をなぞるのではなく

アニメーターのフィルターを通して出力されたものであるからこそなのだと思います。

 

ぜひ『かぐや姫の物語』観る際には表現方法と動きに着目して観ていただけたら

高畑監督がやりたかったことが感じられるはずです。

 

大学院は4月から始まって1月が最後の講義となるのですが

高畑監督が『かぐや姫の物語』の制作に専念するために講義は11月いっぱいで残りはすべて休校になりました。

そして、非常勤講師の定年まであと1年あったようですが

この年を最後に高畑監督は日芸の非常勤講師をお辞めになりました。

 

もしかしたら、日芸以外の大学も受け持っていたかもしれませんが

おそらく私は高畑監督が大学という場で講義をしていた最後の生徒のひとりであると思われます。

あの頃すでに作詞家として道を歩き始めていたもののアニメの仕事をしていなかった私が

アニメの仕事をたくさん手掛けているということは運命的なものを感じていますし、

高畑監督の講義からアニメの世界に魅せられた部分があるように思います。

高畑監督と出会ってアニメの見方は完全に変わりました。

 

私にとっての作詞はエンターテイメントのパーツのひとつで

作詞の追及とともにエンターテイメントの追及がテーマであると常日頃から感じているのですが

高畑監督は絵を動かすというアニメーションそのものを純粋に追及していて

高畑監督の追及があり現代のアニメーションがあるのだと思います。

 

何よりいくつになってもやりたいことと好奇心に溢れていたことが

高畑監督の原動力であったと思います。

 

本当にたくさんのことを学ばせていただきました。

伝えたいことがあったから、大学で講義をしていたのだと思います。

作品はずっと生き続けます。

高畑監督の講義を受けて、その後アニメの仕事をしている人間として

今回このブログを書くべきだという想いになり書かせていただきました。

 

ご冥福を心よりお祈り申し上げます。