©️宝塚歌劇団
 
 

花組新トップ、永久輝せあ、プレ披露公演「ドン・ジュアン」開幕

 

花組新トップコンビ、永久輝せあと星空美咲を中心にした花組公演、ミュージカル「ドン・ジュアン」(生田大和潤色、演出)が16日、名古屋御園座で開幕した。2016年、望海風斗を中心とした雪組で初演されて以来8年ぶりの再演だが、初演にラファエル役で出演していた永久輝が、深い思い入れを抱いたドン・ジュアン役を新トッププレ披露公演として実現、初演の望海とはまた違った魅力的なドン・ジュアン像を作り上げた

 

ドン・ジュアン」はモーツァルトのオペラ「ドン・ジョバンニ同じ題材悪徳と放埓の限りを尽くして生きる男ドン・ジュアンが、騎士団長の呪いのまま彫刻マリアとの愛におぼれ、やがては自滅していく「壊れた男」のドラマチックなストーリー。

 

もともとのオペラ自体音楽的には素晴らしいが内容的にはオペラファンの間でも「マノン」同様、好き嫌いが分かれるかなりきわどいドラマ生田氏はフェリックス・グレイ脚本作詞作曲のこのミュージカル版宝塚初演、2回の一般バージョンを経て4度目となる今回の再演初演とは演出衣装、装置を一新脚本も細かく手を入れてドン・ジュアンを通して愛の本質を立体的に浮かび上がらせることに成功、永久輝入魂の熱演もあって、骨のある噛み応えのある舞台に仕上げた

 

永久輝ふんするドン・ジュアンはその登場シーンから獲物を射るような鋭くも濡れた視線で、舞台上の女性たちと同様、観客をも一気に虜にする一挙手一投足ですべて納得させてしまえる魅力があった。新人時代はその整った美貌からフェアリータイプの役も多かったが、年次を重ねるにつれ、演技に逞しさを加えて憂いのある影のある男が似合うようになってきた。しかし、ドン・ジュアンのような虚勢を張って生きる男が一番生き生きと魅力的に演じられるとは驚きだった。歌唱力も申し分ないが張り上げて歌う歌より、2幕冒頭の星空とのデュエット曲「変わる」のようなバラードにより彼女らしい豊かさが出た。いずれにしても、ドン・ジュアンを通して、演じられる役の振り幅がぐんと広がり、伸びしろは無限に広がった感じがする。大劇場でのお披露目公演が楽しみだ。

 

女性とみれば片っ端からものにする悪徳と放埓の権化ドン・ジュアンが主人公ではあるが、その抗いがたい魅力に翻弄される男女の物語でもあり、その一人一人の描き方が実に丁寧に描かれているのがこの舞台の奥の深いところ。

 

ドン・ジュアンをめぐる女性たちから見ていくとまず初めに登場するのが二葉ゆゆふんする騎士団長の娘。彼女の存在が物語を進めていく重要なファクト。可憐さが勝負どころ。

次がかつての恋人イザベラ。初演と同じく美穂圭子が演じて妖艶な美しさと美声で圧倒する。

そして修道女でドン・ジュアンの妻と称するエルヴィラの美羽愛。初演では有瞳が演じた役だ。清楚だがドン・ジュアンに対する思いは人一倍強く、芯の強い言動に心を動かされる。演技巧者の美羽が水を得た魚のように芝居心たっぷりに演じていて共感を呼ぶ。

ドン・ジュアンが一夜の相手に選ぶアンダルシアの美女には紫門ゆりやが扮して妖艶なダンスを披露する。

 

そして最後に登場するのが彫刻家マリア。星空美咲だ。初演は彩みちるが好演した。騎士団長の石像を依頼された彫刻家で、騎士団長の亡霊がドン・ジュアンをマリアの工房に誘う。

 

 ドン・ジュアンは自由な生きざまのマリアにほかの女性にはなかった魅力を感じて一目で恋に落ち、マリアもラファエルという婚約者がありながらドン・ジュアンの本来の心情を見抜いて惹かれていく。ここらあたりがドラマのミソ。エルヴィラとマリアのデュエットで星空と美羽の巧さに納得。星空はヒロイン演技がすっかり似合うようになり、永久輝と並ぶとさらに華やいで見えた。

 

一方、男役初演で彩風咲奈が演じたドン・ジュアンの親友ドン・カルロが希波らいと。舞台の進行役も兼ね、役柄的にもドン・ジュアンとの対称としても重要な役どころ。オープニングのソロから堂々とした佇まいでさわやかさを強調。ドン・ジュアンの妻エルヴィラへの思いを抱えながら行動に移せないもどかしい感じを巧まずして表現。

 

ドン・ジュアンに娘を蹂躙され決闘を申し込んで殺されてしまう騎士団長は綺城ひか理。初演で香陵しずるが奇怪なメイクで怪演して評判となったが、綺城は亡霊のメイクに工夫を凝らしミステリアスな美しさ。長い槍を持って騎士姿で踊る迫力満点の冒頭のフラメンコがみごたえたっぷり。ドン・ジュアンにつきまとい「愛の呪い」をかけ続ける後半でもたっぷり存在感を見せつけた。

 

初演で永久輝が演じたマリアの婚約者ラファエルは天城れいん。実は初演での永久輝のラファエルはあまり印象に残っていないのだが、役としてはなかなかのもうけ役。ラストでの決斗シーンがみどころで天城が初々しくも芯のある演技で見せた。

 

ドン・ジュアンの父親ドン・ルイ・テノリオ役は英真なおきで初演と同じ。圧倒的な存在感で舞台に厚みを加えた。今回、ドン・ジュアン放蕩する遠因となった母親のくだりは削除され父が息子を諭す場面セリフにおわせるだけになったのも正解だった。

 

終演後、会場から「ブラボー!」の声援が飛ぶ中、永久輝は「フラメンコで足を踏んでいる瞬間、すべてを忘れて没頭できる瞬間があるんです。出演者全員そんな思いで千秋楽までかけぬけたい」と笑顔で挨拶、すっかりトップの顔だった。

 

©宝塚歌劇支局プラス717日記 薮下哲司