©️宝塚歌劇団

 

 

月組トップコンビ、月城かなと×海乃美月サヨナラ公演「Eternal Voice」開幕

 

月組トップスター、月城かなとと相手役の娘役トップ、海乃美月のサヨナラ公演、ミュージカル・ロマン「Eternal Voice消え残る想い」(正塚晴彦作、演出)とレビュー・アニバーサリー「Grande TAKARAZUKA110!」(中村一徳作、演出)が330日、宝塚大劇場で開幕した。110期初舞台生38人も含めて110人余という大所帯の華やかな公演だ。

 

 コロナ禍直後の202110月の博多座公演「川霧の橋」で月組トップスターに就任した月城、見るものを吸い込むような目力と優雅なシルエットでファンを魅了してきたが、サヨナラ公演はベテラン正塚氏が月城をイメージして書き下ろしたオリジナル。正塚氏は外箱公演では花組「二人だけの戦場」雪組「愛するには短すぎる」と連投が続いているが大劇場公演は2016年の雪組公演「私立探偵ケイレブ・ハント」以来8年ぶり。月城とは「ブラックジャック危険な賭け」以来2年ぶりの顔合わせとなった。

 

 正塚氏が月城をイメージして書き下ろした役どころは、19世紀末、ヴィクトリア女王時代のイギリスに生きたある種の超能力を持った考古学者ユリウス。古美術商を営む叔父ジェームズ(凛城きら)に依頼されて各地を飛び回る生活をしていたが、ある日、エジンバラ鑑定即売会に訪れた16世紀のスコットランドの女王メアリー・スチュワートの遺品という首飾りを売りたいという男(英かおと)が現れ、本物か偽物かわからないままユリウスはその首飾りを持ち金すべてはたいて買ってしまう。あとでその首飾りは本物であることが分かるのだが、それによってユリウスは思いがけない事件に巻き込まれていく。

 

 メアリー・スチュワートの首飾りがキーワードになっていて、メアリーがどんな女王だったかを知っているかどうかで興味は大きく分かれる少なくとも予備知識としてメアリーが熱心なカトリック信者であったことは知っておいた方がいい。自由党のカトリック系議員、ゼイン(高翔みず希)が王室廃止論を唱えていて彼が雇っている霊媒師エゼキエル(彩みちる)と呪術師マクシマス(彩海せら)が首飾りに執着するのもこのあたりが関係してくるからだ。この二人、姓はバビントン。幽閉されていたメアリー・スチュアートを救出しようとして失敗、処刑されたアントニー・バビントンの末裔なのだそう。英国児童文学に詳しい宝塚ファンの教授から、麻路さきがアントニーを演じたバウ公演「グリーン・スリーブス」という作品があったことを指摘された。なんとその作品とこれがつながっていたとは。

 

いずれにしても実在の歴史上の人物を登場させながらややファンタジー要素の強いストーリーで、芝居巧者の月城と海乃のサヨナラ公演ならではの演目ではあるが、決してロマンティックでもなくかといって波乱万丈でもなく誰もが興味をそそる題材というわけでもなく月城と海乃のコンビの見納めという意味では貴重だが、1時間半がやや苦痛だった。また「パガド」「ボイルドドイル」そしてこの作品とつづけさまに霊媒師が登場する作品が続くというのも芸がない感じがした。

 

 大劇場新作8年ぶりということでいつもの正塚組ではない座組で、音楽を玉麻尚一、装稲生英介が担当、これまでの正塚ワールドとは少し変わった雰囲気。回り舞台を駆使した舞台転換のスムーズさは正塚氏の演出そのものだったがバックの映像が新しい。ロンドン塔やリージェントストリートの背景などロンドン色豊かな映像の処理には臨場感があった。

 

月城は、鋭い感覚をもつユリウス一見そうとは見せずに包容力豊かに丁寧に演じ、時にはユーモアを交えながらサヨナラ公演とは思えないリラックス感で有終の美を飾った。若き日の菅原道真から華麗なるギャツビー、さらには死神まで幅広い男役像を安定感ある演技で体現し月城にとって物足りないくらいの役かもしれないが、月城にしかだせないニュアンスの深い役どころであることは確かだった。

 

海乃扮するアデーラもユリウスに似た特殊な能力を持つ女性で、アデーラ自身その力に恐れを抱いているという設定。ユリウスが持っていた首飾りを瞬時にメアリー・スチュアトのものと見破り、ユリウスと心を通わせる。普通に装いながら実は人並外れた能力を持つという複雑な役を海乃も月城同様巧みに表現、退団公演のクライマックスを盛り上げた。

 

月城、海乃のための舞台なので、ほかの出演者はすべて引き立て役。次期トップが決まっている鳳月杏演じる超常現象研究所の所長ヴィクターも、風間柚乃扮する特定秘密局員ダシエルも役としての存在は薄く、なかで役として主張するのは彩みちる扮する霊媒師エゼキエルと彩海せら扮する呪術師マクシマス。この二人の特異な活躍ぶりが最大の見どころで彩も彩海もこれにこたえた怪演を見せる。鳳月の部下エイデン役の天紫珠李も後半に見せ場があった。

 

あとメアリー・スチュワート役の白河りり、その召使アンナの麗泉里がワンポイントながら印象的。退団公演となった麗の透き通ったソロが耳に響いた。

 

42日から凛城きらが休演。ゼイン役を佳城葵、セバスチャン役を大楠てら、ハミッシュ役を爽悠季が演じ、大楠のセバスチャンが柄に合っていて好演している。

 

GrandeTAKARAZUKA110!」は、中村一徳氏らしい宝塚ならではの人海戦術を駆使した絢爛豪華なレビュー。映像を効果的に使った導入部分から月城ら全員勢ぞろいのゴールドずくめのプロローグ、風間柚乃から始まるカラフルなマスカレードと続き、彩海せら、彩音星凪ら若手男役によるアヴァンギャルド!を挟んで一気に中詰めの「ルナルージュ」へと突入。礼華はるから始まって風間、鳳月ら月組の豊富なスターが真紅の衣装で歌い継ぎ月城、海乃へ繋いでいく。全員がそろったところで客席降り、客席のファンを巻き込んでの振付もあって満員の会場は大いに盛り上がった。

 

中詰めの後は風間が残って銀橋で歌いながら110期生を紹介、初舞台生のラインダンスに。華やかなロケットが終わると月城が優雅な雪月の男で登場。麗千里が歌う「荒城の月」をバックに月の精、海乃はじめ月組メンバーと惜別の舞。洋物レビューのクライマックスでの和風の装いは色合いもシックで洒落ていて月城のサヨナラらしいグッドアイデアだった。パレードのエトワールは106期生の一乃凛(いちの・りん)が起用され美声を披露した。

 

月組公演初日直前の28日、昨年930日に起きた宙組生の不幸な出来事について阪急阪神ホールディングの角和夫会長が遺族側に謝罪したことを受けて、歌劇団と遺族側の合意に至る経過会見が行われ、事件以来半年、ようやく一区切りがついた。区切りはついたもののまだ心は晴れず、舞台を見ていても単純に楽しめない自分がいた。もうかつての時間は戻らないのだろうか。

 

©宝塚歌劇支局プラス43日記 薮下哲司