前回の続きになります。

続きを書くことになるなんて思ってもなかった…


4月8日たいいんしてきたてんてん。

右後ろ足にマヒが残ってはいましたが、日に日に良くなっていって、3日後にはもうジャンプしてタワーに登れるほどになっていました。

でも、以前に比べて動きはとてもゆっくりで。

タタタッと良く走っていたのだけど、ゆっくりトコトコと歩いて移動することが多くなりました。


もう、家の中で事故が起きるのなんてまっぴらだー!!となり、少し改造する計画をねっていたわたしたち。

まずは玄関への出入りが出来ないようにフェンスの設置と、お勝手(キッチン)の引き戸4枚のうちの1枚分をフェンスにして、換気&居間やねこさん部屋の様子がお勝手からも伺えるようにしようとなりました。

それも、作り付けではなく、ながーい突っ張り棒とワイヤーネットでの自作。作るの大好きなわたしたちですからね😊

寸法をはかったり、材料を揃えたり。

バタバタとしていました。


4月21日、ラッキーがよく行くドッグランで周年祭があると連絡があったので、朝一ででかけたんですが…雨予報で中止に😢それでも数店舗のキッチンカー等が来てくれていたので、ラッキーのおやつを購入したり、から揚げやたこ焼きを食べたりして過ごしました🍀

その後、おうちの改造計画で足りなかった材料を揃えるためにホームセンターへ立ち寄り、帰りました。

(帰宅後、早速改造に取り掛かり出したところで、ものすごーーーい大喧嘩になり。わたしがひとりでフェンスを組み立てて設置しました)


夕方。

てんてんの様子がおかしい。

食欲がなく、カリカリを食べなかったので、ちゅーるをあげたら1本完食。

食べられたなら少し安心かなーと思って様子見してました。

時間が経つにつれ、すごくしんどそうにしてきて。

息苦しそうにも見えました。

前回のように動けなくてぐったりという感じではなく、動けるけど明らかに何か異変がおきている感じ。心配なのでその日は一緒に居間で寝ました。(でも心配で一睡もできず)


4月22日

あさいちで病院へ。

診療時間前でしたが、先生に『てんてんの具合が悪くて連れてきました!!!』と話すとすぐにみていただけました。

その時のてんてんは、家を出る前から『いやだ、行きたくない』とでも言っているかのように鳴いていました。なので、一見元気にも見えたとおもいます。

レントゲン、血液検査、聴診器で音も聞いていただいて。検査結果が出るまで待合室で待ちました。

その時も『早くかえりたい』と鳴いていました


どれくらいの時間がたったのか、名前を呼ばれて診察室へはいりました。


レントゲンは異常なし、血液検査も、前回の入院時に酷かった肝臓や腎臓の数値はほぼ正常値に戻っていて。今回の不調の原因はこれとは関係ないと思うと説明されました。


夜中に2度吐いたこともあり、胃腸系がきもちわるいのかもしれないとのことで、皮下輸液250cc、抗生剤と吐き気止めの注射をしていただき、これで一晩様子を見てくださいといわれ、帰宅しました。


帰宅後は私の部屋でゆっくりしてもらい、わたしも横で付き添っていました。

でも、良くなるどころか、今度は息がものすごく苦しそうになってきて。

見た目でもこれはあかん!というくらいで。

その時、、夕方の15時頃。

一晩なんて絶対無理だと思って再度通院しました。


てんてんを見た先生は、すぐにICUへつれていきました。

その後、わたし達は帰宅し、心配しながらもほかのねこたちやラッキーのお世話をしたり。

ぼうーっとすごしていました。


20時。

病院からの着信がありました。

出ると先生でした。


『てんちゃん…ついさっき息を引き取りました』



え。まって。

なんで?

あんなに元気やったのに、たった一日で?なに?


状況が飲み込めず、すぐに病院へ向かいました。

すぐに診察室へとびこむと

大きなハコの中にてんてんが横たわっていました


『てんてん!!!』


触るとまだあったかくて

いつものてんてんで

今にもにゃーと返事をしそうなくらいで

連れてきた時の苦しそうなてんてんではありたせんでした

だから、自然と出てきた言葉は

『よくがんばったねぇ。もう苦しくないね?おうちに帰ろうね』でした


先生に原因を聞くと、

私達が帰ったあと、もう一度レントゲンを撮ってくれていて、その時には肺が真っ白だったと。

死因は肺炎でした。

原因不明の肺炎。

ウイルス性、細菌性、誤嚥性、アレルギー性、特定はできないと。


朝のレントゲンではキレイだったのに、夕方には真っ白なんて。

先生もこんなことは稀だと仰っていました。


そして。

帰宅し、てんてんの保護主さんに電話をしました。

まさかの急変で…あったことをそのまま話すしか出来ませんでした

一通りお話した後で、意外な言葉を聞きました


『わたしね、ゆかりさんからどう思いますか?って聞かれた時に五分五分ってゆったやん?あれ、嘘やねん。ほんまはもう無理かもしれんって思ってた。でもね、あんなにひどい状態だったてんてんが、数日で元気になって退院出来たことに対して、腑に落ちてなかってん。なんでやろ?そんな急激に元気になれることあるかな?ってずっとひっかかってた』と。


続けて、

『で、今日急変して亡くなった連絡を聞いてやっと納得ができた。てんてん賢い子やったからね、どうしてもおうちに帰りたくて、生命力を振り絞って元気にしてたんやとおもう。数値も先生も黙せるようなね。それでおうちに帰って、みんなやゆかりさんとのお別れまでの時間を作ってくれたんやとわたしはおもう。それでわたしは納得ができたよ。』


病院に行く時、あんなにも嫌がって鳴いていたてんてん…

そっか…おうちで旅立ちたかったからやったのか…


うん。、気持ちはわかる…わかるけど…あんなにも苦しそうなてんてんをそのまま見てることなんてわたしには出来なかったよ


3年前にわたしが入院した時、わたしは右肺が半分潰れて機能してなかった。すごく苦しくて、息がほとんど吸えなくて。それがわかってたから、じっと見てることなんてできなかったよ


ごめん、てんてん


てんてんの辛くて苦しい3週間が

これでおわりました。


もう、苦しいことも、辛いこともない。

大好きなおうちでずーーーーっとみんないっしょ。

そして、虹の橋🌈の袂で、わたしやみんなが行くまで待っててね


子猫の頃、小学生に給食のパンをもらって育ち、

交通事故で下半身骨折してたところを

その小学生の女の子が抱き抱えて交番まで連れてって、保護された子

保護主さんのところで1年以上くらしていたけどご縁がなく、ほかの保護猫さんたちとのんびり過ごしていました



てんてんが保護される前にいた、しろちゃんの遊び相手がほしいなと私が相談したら、てんてんを勧められて我が家とご縁が繋がって

すぐにしろちゃんと仲良くなり、最後の最後までずっと仲良しのままでした








わんこのラッキーとも、いちばん仲良くしてくれて



たくさん、ほんとに沢山のことを私たちに教えて、旅立ってしまった


また毛皮を変えて帰ってきてくれるかな??

ううん、私たちの年齢から行くともうそれは無理だからね。

だから、わたしたちがそちらへ行くまで待っていてね


それまで、少しの間のおわかれね


てんてん、、またね。