心友が亡くなり、早2週間、不思議な気持ちで日々過ごしております。
心のアップダウンや揺れはありつつも、バランスが保てているのは人に関わっているから。

昨日、地元の友人たちがご自宅へ伺ったのでどうだった?と聞いてみました。

本当は、無理矢理帰る事が出来たんです。

本当は、亡くなる前に手紙を書いて出そうとしたんです。

だけど、手紙途中まで書いて、何か違うと感じて、書けなかった。。

だから直ぐにメールを送りました。

1番に気持ちが届くと思って。

だって、手紙に書きたかった事はメールで送った内容そのままだから。。

最期の手紙なのかもしれないと、感じていたのかもしれません。

心友からは、メール読んで泣いたと返答が来ました。

充分、気持ちは伝わったと分かりました。


私も同じ婦人病で、卵巣の手術していて、それなのに自分は病院も年1検査で通うだけで、生きてる。(術後は面倒くさくて病院行かなかったし、薬もやめました)

なんであんな元気で病気知らずだった人が突然病気になって、あっという間、1年後に亡くなるのか信じられなくて。

納得がいかないのです。

モヤモヤした感じのまま、不満噴出気味。

友達からは、お母さんから色んな話を聞いてきて良かったよと。
どんな風に考えて、どんな風に過ごしたか、知らなかった分、色々な事を考えるよと。。


私は、1人で心友のご実家へ行きます。

色々聞いてみたい、どんな最期だったのか、病気の事、日々どんな風に過ごしたかを、、、私は知らなきゃいけない気がするんです。

同じ婦人病で、同じ卵巣の手術をして、同じ病院にも入院して、何が一体運命を変えたのか、、、。

偶然なのか、必然なのか、心友は私の誕生日当日になくなりました。

この日を選んでくれて、ありがとうって思えるのは、彼女だからかなと思います。

あの日、私は一人旅で心友の好きな大阪へ行ってました。
誕生日迎える二日前から神戸、京都と巡り、たらふく美味いもの食べて、観光地回って、大満足で東京に戻りました。

東京に帰って、羽田空港から夜の空を眺めては、遠くに飛び立つ飛行機を何機も何機も見送りました。

多分、ずっと側に心友は居たんだと思います。

私と一緒にいる事で、色んなモノを感じていたんじゃないかなと。

今思えば、色々突き動かされた部分はありました。

偶然、、?


いや、、必然だったのでしょう。