貝塚隆雄の気まぐれブログ

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開業し成功する、確かなマーケッテング論
校長のマーケッング論は時代の先を見た、経験からほとばしる、確かな一説
銭を払っても聞けない話です。
私の経歴は現代のイオン、ヨーカ堂、ダイエーを育てた渥美俊一門下、ペガサスクラブでマーケット論を学びました。(株)かいづかは昭和35年頃から呉服、総合衣料、家具を営んでました。京成立石に本店を構え、総合衣料販売は八千代台店、北習志野店、お花茶屋店、家具販売は立石店、松戸店、草加店まで店舗展開をしましたが個人商店のため人材が育たなく、衣料部分は昭和60年、家具部門は平成8年閉店となり今日に至りました。
私は代々が商家に育ち、好きな商いの道を捨てきれず、これから、この商いの道に入ろうとする人に、鍛えられた商いの理論を求める人に伝えたいと思うようになりました。
そして平成8年からこの飲食の道に入り、「今日の手打ちそば店」の遅れた装いに.『活」を入れたく新理論をもって、それを受け入られる人に伝授したく今日に至っています。

新理論:現在、日本の主食としているものは米であったが、小麦粉にとってかわられている。特にパン食が当たり前、次にラーメン、餃子、米食だってますます影が薄い。
この傾向は日本だけではなく、インドネシア、ベトナム、両国こそ米、コメ主体の国なのが、日本のヤマザキ、敷島パンの進出でパン食の普及が目覚ましい。それにより米作の減反騒動が起きている。東南アジアにおける麦の消費拡大が目覚ましく、米飯を奨励するけど、日本と同様、この流れを止めることはできない。このような消費の流れの中で、日本そばの愛好家を増やすということは非難の技としか言いようもない。しかしこの業界でそこに気が付いて、蕎麦屋の将来を危惧する人物は皆無に等しい。

私事ですが、昨年10月から本年8月まで信濃町の慶応病院にお世話になり、お陰様で全快いたしました。入院後通院となり帰路、手打ちそば店、都内の名だたる店、居酒屋等を楽しみながら、みっちり勉強をさせられました。繁盛店となる手打ちそば店のこれからの戦略、ばっちりわかりました。ペガサスで鍛えられた戦略、わたくしのこの道の欲望、無駄にはしません。

Tシャツ姿ねじり鉢巻き、大汗かいてる蕎麦打ち人、そのような姿に憧れている時代ではありませんよ。

新時代の新戦略に同意する友よ。 江戸東京そばの会の門をたたけ