Mカフェ…4月の教室・子ども・わたしを語る(2) 2024,4,29ブログ
昨日の続きです。
若い仲間の語りの一端を紹介します。(名前は仮名です。文中の太字も山﨑)
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慎二…昨年に続き今年も1年生担任。
去年の1年生たちは、すごくがんばる子たちが多かった。「1年生でもこれだけできるんだ!」って驚くくらい。その流れでけっこういろんなことに挑戦してきた。
今年の子どもたちだけれど、最初、去年と比べてちょっと大変だなと思った。でも、運動会の練習などを子どもたちから離れて外側から見ていたら、けっこうちゃんとお話を聞いているし、みんな頑張っている。そのことに気づいた。給食時間の牛乳パックの片づけなんかも、出来ない子のパックを助けてあげている子がいていいなと思った。
ひとり気になる子がいて、どうしたらいいかなと考えている。
集団行動が無理だと言われている子で、2日ほど体調不良で休んだ。保育園から電話がかかってきて、その子が保育園に来ているという。お母さんがそちらにあずけたみたい。保育園なら通えるといって。
「えっ!」と、思った。
「いったいどうなってるんだろう。学校に行きたくないから保育園に預けるなんて…」
それで、母親と面談したいと思った。ところが教委に訴えて「学校の対応がどうのこうの…」と言う。
校長、副校長は、「自分たちが動いて対応するから大丈夫。君は自分のクラスのことをすればいい」
そういうことを言ってくれた。
学校にくればこの子、いろいろちゃんとできる。
この母親の、学校に行けないからと保育園に預けてしまうような対応についてなんかモヤモヤする。
山﨑…学校に行きたくないからといって保育園に預けてしまうなんて初めて聞く話だ。驚きだ。
この母親をどう見るか。一方で母親の思いを受けとめてしっかりつながっていく必要があるね。不安や困り感を抱えているみたいだし…。母親の視点を変えていく必要もありそうだね。
坂田…管理職が「自分たちが動くから大丈夫」といって、そこで問題を抱え込んでしまうのはちょっとどうかな…と思う。
大切なことは、その母親や子どもと担任とをつなぐ(関係性を築く)対応をすべきだと思う。例えば面談も校長、副校長と母親だけですませるのではなく、担任であるあなたも参加して、その子にとってよい方向を見出していく。母親との信頼と関係性を築いていく必要があると思う。担任と母親とが切れた関係のままにしてはよくない。
将人…これまで非常勤講師として数年勤務していたが、今年の春から都内A区で正規教員として採用され、現在特別支援学級の担任をしている。
巡回日があって3つの小学校を曜日によって回っている。月曜と火曜は拠点校で仕事をするが、他の曜日は別の学校の支援級へ。
先生方の名前を覚えるのが大変。また、子どもたちの指導をするとき、使いたい教材が、それぞれの学校でそろっていないことがあって苦労している。
そうやって巡回で学校を回って行くと、周囲の先生から
「あなた、1日2時間くらいの指導だけで、忙しくなくていいね」
と言われる。
「そんな風にはぼくは思わないし、苦労も多いのになあ…」
なんて思ってしまう。
山﨑…こういう決めつけってよくないよね。同じ仕事をしている仲間を差別的に見るような見方は許されない。
坂田…将人さんの教師としての立場は『通級指導教室』みたいなものなんですね。わたしの友人がこの制度の必要性を訴えて最初にこうした取り組みを始めたといっていい。特別支援学級に在籍する子とは少し違って、例えば文字学習などに課題を抱えている子がいて、特別に教室に来てもらって、その時間学習したりする…。これは、その子にとってとても大切な学びの場となっている。
川崎の場合は、子どもがその時間、対応してくれる教室に行くのだけれど、東京の場合は教師が巡回していくみたいですね。
(※東京都の通級指導教室と巡回指導については、ぼくの理解が不十分な点が多くあります。間違った記載のままでしたら、お許しください…山﨑)
悠斗…3月に大学を卒業して春から神奈川県S市の教師になった。2年生30人を担任している。学年は3クラス。全校600人くらいの児童がいる。
子どもたちは正義感の強い子が多い…。お兄さん的・お姉さん的しっかりした子も多い。でも“ケンカっぱやく”て賑やかなクラスです。
4月中は、いろんなトラブルがあって、保護者からの電話対応やこちらから電話することが多かった。
ひとり大変な子がいる(仮にA君とします…山﨑)。何か納得できないことがあると物に当たったり人に当たったりする。
A君は、折り紙をはじめると夢中になってやめない。ハサミを持つとそのまま折り紙を切ったりしている。授業にとりかかってほしいので声を掛ける。
「A君、〇〇分になったらハサミを使うのを止めようね。」
「………」
「3分たったよ」(ここでA君はハサミを置いて悠斗君の方に体と顔を向けてくれたようだ)
「えらいね~。止められたね~」
このA君は、成長を促す注射を毎晩打っているという。(身体に不調がでるだろうね。A君自身にはその理由がわからないけれど…山﨑)
そんなA君だけれど図工への集中力はすごい。そして出来上がった図工の作品はピカ一だ。
A君の身体は小さい。のぼり棒や鉄棒で落下すると大けがをするから目が離せない。この間のぼり棒を使った『逆上がり』(2本の鉄棒をつかんでひっくり返る技かな?)を体育でしているとき、見本を見せる子の側に行って絡みつきケガをしそうになった。(この辺り正確な引用ではありません)
ほかにもクロムブックを突然机から払いのけたりして危ないことをする…。
下校時には傘で友だちの頭をなぐることも…。
それで親に電話した。その時、ぼくの言葉を聞いて保護者から激しく怒られた。「A君の感情の高まりが…」って、ぼくは話したのですが、その言葉が許せなかったみたいで…。
電話で30分近く怒られた。
そんなことがあった後、A君の行動でちょっとうれしいことがあって「これはお家にお伝えしよう」と思って電話した。
そこで話をしていると前回とは違って、柔らかな言葉遣いになり、
「学校におまかせしますから…」
みたいに言ってくれた。
山﨑…新任教師として子どもたちの前に立った4月。ただでさえ忙しくて何をしていいか分からない時期に、保護者からの30分に渡る叱責! 本当に心のめげる大変に一カ月だったね。
でも、すごいと思う。悠斗君の対応が素敵だ。
第1は、30分のクレーム(叱責)をジッと耐えながら聴き取っていたこと。そこに何か保護者の隠れた思いがあるのではと…おそらくそう思いながら聴き続けたのだと思う。
そして、ちょっとうれしいことがあったときこちらから電話している。1回目の電話のことを考えれば「また何か言われるのではないか」と足も竦む。でも君は電話した。なかなか出来ることじゃない。すごいことだ!
第2は、A君とのやりとりがいい。夢中でハサミと折り紙に集中しているA君に対し「〇〇分までやったらやめようね」と心の準備の言葉をかけ、その時間が来た時「3分たったよ」そう言って、A君自身が自分で行為を選択し、いましていることを止められるようとしている。この一連の対応なんて、新任教師がすぐにできることじゃない。すごいなあと思ったよ。
亜子…Y大の大学院で学んでいます。今回初参加。現在、週3回2年生のクラスに入っている。36人のクラス。2つのクラスがあって、1つのクラスは子ども同士の間に信頼感が流れトラブルなどないが、もう1つのクラスは、授業に集中しない子たちが10人以上いて大変だなと思う。
今度、このクラスで国語の授業をすることになった。『たんぽぽのちえ』の教材。
※参加したみんなから『たんぽぽのちえ』についてワイワイとお喋り。
「ペットボトルに水を入れ、たんぽぽの花のついた茎を1本いれておくと綿毛になるよ」と、そんな説明をしてくれたのは慎二君だったかな…。
俊介…神奈川県のM市で特別支援学級を担任。15人を4人で担当。ぼくの関わるのは8人。
2年生の教室に行くとなんと34人のクラス。ぼくが昨年勤務した学校は全校児童が34人だったからその多さにびっくり。
昨年は2年生の1人の子を教えていたが、1年生の担任の先生とうまくつながりあえなくて苦労した。今回は、多くの先生たちがやさしく対応してくれてとても過ごしやすい。
この間は、4年の先生がお休みで急遽ぼくが授業をした。社会の地図帳を使った学習。うまくできなかったけれど、「俊介さん、がんばって1時間あの子たちと授業をしてくれてありがとう」って言われた。そういう一言がうれしい。
そういう声をかけられると、ぼくも自然とみんなに何かしてあげたいと思う。
由紀…Y市の小学校で2月から養護教諭として働いている。4月、訳が分からない中で、職員会で『健康診断』の提案をし、『職員研修』の一つを担当した。
校長、副校長が、とても気にかけてくれて、そういう点では過ごしやすい。前任校の校長は「お前に何ができるんだよ!」みたいに言われていたから…。
『視力検査』について。『A・B・Ⅽ』みたいな大まかな診断を担任がして再検査が必要だと言われた子をわたしが診る。ただその人数が多くて大変。1クラス30人がいるとして3分の2が再検査対象なので。
山﨑…ゲームやスマホなど使ってるからね。子どもの視力の低下は心配だね。
由紀…こんなに再検査が多いなら、担任による検査の時、始めからもう少し丁寧な検査をした方がよいのではと思った。
山﨑…担任も一人ひとりの子の様子(視力の実態)をしっかりつかむことができるしね。
芳子…今年は3年生の担任。いろんな子がいる。6人くらいの子が「ふわふわ」している。どこに心が向かっているのか「ふわ~」と行動したりしていて。
今年の私の指導について考えることがあった。所謂「圧」をかけない指導をしたいと思っている。力づくで動かすような“指導”をしないってこと。
子どもたちの様子をみると互いの関係が“浅い”のでは…と気になる。一緒に遊べないっていうか。
朝、教室の近くに庭があるので、意識的に遊びを取り入れている。子どもたちの心と身体がほぐれてきたなあと思う。
この間、こんなことがあった。教室の隅っこでオセロゲームをしている6人組がいた。自分たち楽しそうに遊んでいる。時間がきて注意しようかと思ったが、面白そうなのでふと尋ねてみた。
「何やってるの?」
すると、オセロを使った自分たちの遊びを説明してくれた。よく考えて、よくできている。
「君たちの遊び、おもしろいね!」
って感動して言った。その瞬間、「ワッと子どもたちの目に光が見えた!」
私の学校の子どもたちを見ると、保護者も若い! 提出物などもすぐにはそろわない! それぞれの保護者が忙しく生きていて、自分の子育てに向き合えていないのではないかと思う。
そんな中だけれど、「圧」をかけて言うことを聞かせるのではなく、こういう親と、子どもを一緒に育てていく視点を大切にしたいと思っている。子育ての幸せや喜びを感じながらね。
(聞き書きで間違いが多くあるかもしれませんがお許しを…山﨑)
山﨑…オセロをいつまでもやめないで遊ぶ子たちを見て、叱るのではなく「何やってるの?」と興味をもって声をかけたところが凄いなと思った。そして、その言葉を担任の芳子先生からかけられた子どもたちの瞳がパッと輝く。この瞬間を見落とさない芳子先生の姿が素敵だ。
いま、様々な子たちが学校にやってきてその子たちと学級づくりをしていくのが難しくなっている。でも教育の可能性ってこういうところにあるんだと思う。子どもたちの瞳が輝くような一瞬をどう見つけるか。子どもたちと一緒になって楽しい世界を描き出すか。
6年担任になって“荒れる”クラスの子どもたちを受けとめて生きる愛さんの話が前半にあったけれど、そうした“荒れる”子たちの中に、ハッとさせられるような瞳の輝く瞬間を見出したい。必ず何かある! 子どもとつながる何かがある! そこから学級づくりの出発が始まる。1年をかけた山あり谷ありの長い取り組みになると思うけどね。