大学会館で朝早く目が覚めた。

 6時45分、キャリーバックをひっぱって、冷たい朝の道を大学へと歩き出した。一昨日降った雪がまだ解けずに、道路脇や家々の庭の木々に積もっている。静かな冬の朝だった。

 「この寒さは、零下3度くらいだろう…」

 

 朝の太陽は東の山からまだ顔をだしてはいなかった。だが、薄墨色の空は刻々と明るさを増していく。

 そのとき、南の空高く金色に縁どりされた下弦の月を見た。

 微かな青を含み始めた空にそれは半月の王冠のように輝いていた。

 「いいものを見たな」と思った。

 

 すると、遥か西の山の頂辺りに朝日があたり、墨絵のような冬山が命を得たようにあかがね色に染まり始めた。

 しばらく冷たい道をすべらないように気をつけて歩いていると、黒く沈んだ東の山の影から、何羽もの鳥たちが西の空に向かって飛んできた。

 初めはカラスかと思った。

 だが、それはよく視ると茶色の羽をしている。少し羽ばたくと羽を広げたまましばらく空を滑空していく。

 「ああ、トンビだ!トンビの群れだ」

 数えると10羽を越えて20羽近くいる。


 不思議な風景に心惹かれたが、その異様さに驚いた。

 トンビはいつも空を優雅に回っていてサッと獲物に飛びかかったりするのに、真っ直ぐに西の空に向かっていくなんて、これは何なのだ…と。

 「もしかしたら朝の餌を求めて、一斉に飛び立ったのかもしれない」


 そんなことを考えて、大学で1限のゼミを終えた後印刷室にいって、この町や村に詳しいMさんにその話をすると彼が言った。

 「それは、先生、この先に養魚場があるからだと思いますよ」

 「えっ、養魚場?白糸の滝のあたりなら知っていますが」

 「いまは、こちらに移ってきているのですよ。水がきれいでたくさん湧き出しているでしょ。そこで魚を飼っていて、もしかしたら育たなかった魚が餌のように放出されているんじゃないかな…」

 

 聴いてびっくりした。これは確かなことではないかもしれないが、それなら理由が分かる。

 でも、不思議な鳥たちの生態に出会ったと喜んでいたけれど、ロマンは裏切られた感じで少し残念な気持ちになった。