≪十五夜のお話≫
秋の日がとうに落ちて 辺りに薄闇がせまるころ
プールを終えてぼくは
ゆっくりと坂道を下っていた
下の方から小さな女の子と若い母親が手をつないでのぼってくる
くっついたり はなれたり
楽しそうだ
思わずぼくは夜空を見上げて小さく歌を口ずさむ
二つの影は坂道の上の公園の陰に消えて行った
そのとき 暗闇を貫いて
子どものようにはしゃぐ母親の声が聞こえた
「見て。ほら、あそこ。大きなお月様!」
「わあ、本当! ねえ、お母さん…」
きらめくような少女の声が影絵から飛び出してくる
少女が何を言ったのかぼくにはわからない
だが、振り向くと東の空に大きな大きな丸い月がでていた
ビルと森の黒い影を圧倒し
藍色の空に赤くにじむように
オレンジに濡れて光るように
二人の母子のやさしい会話と大きな丸い月とが
静かな秋の夜を
何だか特別な一日みたいに濃密な幸福で包んでいた