『静かな大地』

 気温が低くなった。冬の訪れか。

 朝日文庫の長編、池澤夏樹著『静かな大地』を読み終んだ。心のひだに何かが染み込んでくるような特別な『生きる時間』を過ごせたようでうれしかった。

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 読みかけの本のことは、誰かに話すことはない。勿論、学生に紹介するときは別だけれど…。しかし、自己の内面に関わる本はあまり紹介しない。佐藤博さんに出会って思わず語ってしまった。

「池澤夏樹の『静かな大地』を読んでいたんだ。よかった」

 すると彼が言った。

「池澤夏樹はいいね。彼の父親は福永武彦で、ぼくは福永武彦の本が大好きだったんだ」

 ぼくは思わず聞き返した。

「えっ、池澤夏樹の父親が福永武彦なの。知らなかった!ぼくは学生時代、NHKのラジオの『日曜名作座』が好きでね、福永武彦の『風のかたみ』をずっと好きで聞いていたんだ」

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 池澤夏樹の朝日新聞へのコラムは鋭く、豊かで、面白い。生き方や甘い考えをガンとうちのめされるようで気持ちがいい。ときどき、深く考えさせられる思想の世界に誘われる。

 この『静かな大地』は、池澤夏樹の母方の母方の叔父や叔母の生き様が取り上げられているようだ。淡路藩の武士が北海道に渡り開拓に従事する。生きる場所を奪われ、人間扱いをされず差別されたアイヌと出会い、彼らと共に畑を作り牧場を切り開いていく。しかし、彼らの生きる場は日本の明治期からの一面的な支配の中で滅んでいく…。