必死に階段を駆け上る!

 10月2日、札幌での研究会の最終日。3時半、教育大学を出て滋賀の本田さんや北川さんと駅にむかって歩いた…。

「明日から学校なんだね、二人は…」「うん、また大忙し」

「北川さんは後10年近く現役が続けられるのでしょ。うらやましいな」と、ぼく。「…」

「銀杏がもう半分黄色になっていますね。滋賀はまだまだですよ」

「あの赤い実のなっている木がナナカマドですね」

「七回火にくべても燃えないくらい硬い木っていうのかな」

 本田さんが話してくれた。

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 駅のホームに立っていると向こうから田中孝彦先生たちがいらした。電車でご一緒する。札幌駅に近づいたところで向かい側に座っていた先生が、やおら立ち上がってぼくの後ろの窓の外を指差した。

「ほら、あそこを見て。三角の山があるでしょ。あれが『三角山』、その隣に丸い山があって『丸山』っていうの」

 何だか子どものように先生が身を乗り出して語りだしたから、近くに座っていた見知らぬおばあさんが笑い出した。ぼくも先生のその興奮が何だかうれしくて笑った。

               ※

 駅でみんなと別れた後、ぼくはまだ帰りの飛行機の時間があったので紀伊国屋の2階にある『イノダコーヒー』に寄った。5時55分の新千歳空港行きの電車に乗ればいい。

 外の見える窓に向かった席で本を読みながら優雅な気分でコーヒーを飲んでいた。そろそろ時間だ。席を立ち足元の籠からジャンバーを着てストールを首に巻き駅へ向かう。

ところが駅の改札口で…。

「ない!…。まさか。…ない!」

 JRの『スイカ』の入った定期入れがない!

「しまった。きっと『イノダコーヒー店』でジャンバーを着るときポケットから落としたのだ。どうしよう。電車の出発までにあと7分…。う~ん…」

 ぼくは断固決意した。「えーい、行って帰って7分。なんとか間に合うかも!取りに行こう!」

 駅構内の人々をかき分けて地下に飛び込む。それから走る、走る。ビルを二つ跳び越して紀伊国屋へ。エスカレーターも走る。コーヒー店に駆け込んだ。説明を言うか言わないかのうちに窓際の座席に進んだ。

「ありました。お客様!」

 店員がぼくの黒い定期要れを手に取ると優雅にそっとゴミを落としてくれようとする。ああ、それ、うれしいのですけれど…、今はいいです! お礼もそこそこに定期入れを手にするとまた来た道を走る。走る。走る。でも…もう息が続かないよ。電車の発車時間だ。ベルが鳴っている。

 階段を駆け上ったらそれは釧路行きだ!これは違う。また駆け下りる。「もうダメだ。あきらめよう」。

それでもと気を取り直して階段を青息吐息であがった。もう走ることも階段を上ることもできやしない。手すりにつかまって一歩、また一歩。まるで漫画だ。

 なんと出発時間が過ぎても電車はまだ発車しなかった。その1分が味方した。ドアのしまる前に飛び込んだ。もう息絶え絶えだった。結局、新千歳空港に着くまで呼吸は荒れたまま。

 息を弾ませて空港の出発ロビーに飛び込んで席に着くと、前の女性が後ろを振り向いた。「先生!」ああ、何とそれは院生のYさんだった。快適な旅が続いたけれど最後は大失敗!