音楽会

 18日、K市の音楽ホールで合唱の発表会があった。北千住駅で乗り換えてK駅に行く。ジリジリと照りつける日差しの中、5分ほど歩くと目指すホールがあった。

「先生、おひさしぶりです。元気ですか。R子がひさしぶりにピアノの伴奏をするから一緒に行きましょう」

 一月ほど前、K子さんから連絡が入った。そしてR子さんからも。R子さんはアメリカで暮らしていて久しぶりに彼や子どもたちと日本に帰ってきた。

「父も母も先生と是非会いたいと言っています。来てくださるならうれしいです」

 二人とも昔教えた子どもたち。今は2児の母親になった。懐かしい。出かけることにした。

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 会場は200人ほどが座れる席があった。しかし開演は1時半だというのに、1時少し過ぎに着くともう席がない。

「先生の席を取っておきます」と言われていたが断っておいた。

「すいません。かたぐるしい席はダメなんです。そっと隅の方で見学させてください」

 無理やり別席にしてもらったが、これは困った。

最上階の通路に座った。ところが消防法で絶対にそれは駄目だという。50人近くの人が帰っていった。けれどぼくは帰れない。30年ぶりにR子さんやご両親に会う。責任者が向こうからやってきた。「帰れない、帰れない」と小さくつぶやいていたら、「ここにどうぞ」と席を作ってくれた人がいた。2台のビデオ撮影機の間にわずか一つ残っていた空席を開けてくれた。助かった。身を硬くして縮こまって聞いていた。

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 開演から約3時間、R子さんは一人で合唱の伴奏を続ける。そして特別演奏ドビッシーの『月の光』を弾く。静かな響きがとてもよかった。6年生の夏、ぼくの家に来てピアノを楽しそうに弾いていた姿を思い浮かべる。

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「終わってから父と母が食事の席を用意しています。先生とどうしてもお話したいと言っています。残ってくださいね」

 前夜にそんな電話があった。約束をしていたので、駅隣りのデパートの12階のレストランに行く。R子さんのご家族が席についていた。30年ぶりの出会い。懐かしい。お父さんは、高校教師でテレビの高校生講座も担当していた。まだ若いぼくを家に呼んでくれて遅くまで話した。75歳の今も、各地のカルチャースクールで教えているとのこと。電気のことがあってから最近さらに忙しい…と。

お父さんのお友だちの彫刻家夫婦も混じって楽しいひと時を過ごした。2時間ほどして、R子さんが仲間との打ち上げを終えて席に加わる。R子さんやK子さんの子どもたちが、ちょうど12・13歳で昔教えたときの彼女たちの年代になっていた。不思議な気持ちになる。