『トロッコ』

 買い物の帰りにTストアに寄って映画『トロッコ』を借りた。それは、新作入荷の棚の一番下の方にあった。この作品は確か佐藤博さんが雑誌『教育』で映画評を書いていた。(2010年、10月号を是非読んで下さい。素敵な文章と出会えます)

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 台湾を舞台とする美しい村の風景とトロッコの走る森の中の映像を見ながら、二人の小さな少年たちのことや若い母親のこと、戦前の日本の台湾支配のことなど考えていた。

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 ぼくは、トロッコの旅から帰りついたときの8歳の少年敦の言葉に胸が打たれた。

 小さな弟を誘い敦は若者の励ましを得てトロッコを走らせる。敦の小さな胸の奥には言葉にならない悲しみのような葛藤が隠されていたのだが…。冒険、小さな少年たちの今を乗り越えていく旅! 

トロッコが走りだす。森の木々と空の青がグルグルと飛び去っていく。ふりかかる光と風。少年たちの顔に心の底からわきあがるような笑顔が生まれて。

しかし、弟の凱(とき)には圧倒的な力でせまってくる森の空間と時の経過に耐えられない。無我夢中で来た道を駆け戻る。走っても走ってもトロッコの道は遥か遠くまで続く。

 昼は終わり時刻は夕暮れに。そして訪れる暗闇。泣き出し、座り込む弟を何とか立たせながら家に向かって歩き続ける敦。

 若い母親は、村の中を彼らの名前を呼びながら探し回る。だが見つけられない。暗闇に沈む森の家の中で、赤い灯を点しながら彼らの帰りを待つ。

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 6歳の凱が母を見つけてその胸に飛び込む。そっと後ろから近づく敦に母親は怒りの言葉を投げつける。そのとき敦は言う。

「お母さんは、ぼくがいないほうがいいの…」

 少年の胸の奥にずっとずっと隠されていた切ない言葉があふれだす。

「そんなことない…。そんなことないよ」

母親は敦を見つめる。

「お母さんは、ぼくのことがだいじ…!?」

 敦は再びふりしぼるように問いかける。母親は両手で敦を抱きしめながら語りかける。

「だいじだよ…」…。「この世の中で一番だいじだよ…」

 敦の咽ぶような泣き声。

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 ぼくには、今を生きる子どもたちの震えるような切ない気持ちが敦の言葉を通して伝わってくる。多くの日本の子どもたちが、この敦のような言葉を深く心の奥底に隠して生きているのではないか…と。そして、同時にこのお母さんのように自分を生きることと子どもたちを育てることの重荷や問い、悩みを抱えながら、いまを必死に生きる人たちがいることを。

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 ぼくの言葉の何と舌足らずなことか。佐藤さんの映画評を是非、みなさんに読んでほしいと思う。映画を見終わってこの映画評を読むと、ふたたびもう一度この映画を見たいと思う。