少し歩こう

 少し歩こう

 厚手のカーテン越しに朝の光がもれる

 外は晴れ

 八重桜の五月の葉が重く繁り

 きり絵のように黒い影を落としている

 人々の群れは今は消えて

 

 少し歩こう

 細い山道を登ると木々の間に青空が見える

 誰もいない静かな山の中だ

 木の根がほどよい階段になって

 ぼくの体をやさしく受け止めはね返す

 少し歩こう

 九十九折の細い山道をあと少し登ると

 小さな頂に着く

 そこでは いま新しい風が生まれようとしている

 背伸びして 切り株に腰を下ろし 汗をぬぐい

 ぼくは 風をひとりじめ

 少し歩こう

 この道がどこまで続くのか

 見知らぬ人と出会えるかもしれない

 この山の向こうに住む人と

ただ一度きりの挨拶を交わすのもいい

 

 少し歩こう

 切り株に要らぬ荷を置き 身軽な装いで

 少し歩こう

 忘れていた過去がよみがえる

 今とつながる

 消えていた思い出がよみがえる

 小さな勇気も生まれて

 それもいい

 この道の向こうに何があるか

少し歩こう

 “とき”の振り子の揺れにまかせながら