ゼミの中で被災を語る
4月の終わりごろだろうか。ゼミ室でSさんが言った。
「先生、今度のゼミですが、わたしに時間を下さい。震災のことをゼミのみんなに聞いてもらいたいです」
重く深い一言だった。何げないようにSさんは話してくれたが、たくさんの心の揺れや葛藤のなかで幾日も幾日も過ごし、ついに決意してこの一言をつぶやいたのだろう。自ら、ゼミの時間を使い自分の思いを伝えようとする姿に感動する。
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Sさんの故郷はI県だ。親戚のおばさん一家が住むR市は大きな津波に襲われている。辛い対面となったという。Sさんは発行された三陸海岸の新聞などもファイルにいれて持ってきてくれた。
Sさんは語った。数、言葉、現在、大切にしたいこと…を順に思いを込めて…。
ゼミ室の仲間たちは、Sさんのお話を息を飲む思い出聴いていた。
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「勇気を奮って話してくれたSさんに答える意味でも今思うことを率直に語ってみよう。話してみよう。ぼくらはゼミの仲間であるSさんを通して、今度の大震災を体の中に染み込ませるように学ぶことができる。それは、きっとこれから教師として生きるぼくらの体の深いところに刻まれると思うよ。そうした体で子どもたちの前に立つことができるのだね」
とわたしは言った。
ゼミ生たちは、自分の思いを無理をすることなく自分の言葉で飾らずに話し出した。これでいいのだと思う。感情を閉じ込め無理をしてつくられた感情は、人間を軽薄にしたり歪めていくように思うからだ。
「Sさんのお話を聴いて、今回の震災がなんだかすごく身近で深いものに感じます」こんな感想が幾人もから話された。ぼくは、このことの意味はすごく深いものだと思う。
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みんなの発言の後のSさんの言葉も素敵だった。
「二ヶ月間、このお話をしようかどうしようかと悩み続けてきました。やっと話していこうという気持ちになりました。そして、それは何よりも一番信頼するこのゼミの仲間の中で話すことができたということがうれしかったです」と。
Sさんも、それをしっかりと受け止めたゼミの仲間たちもすごくぼくは立派だったとおもいますね。みんなを誇りに思います。