八重桜

 大学から帰った日、マンションの前の歩道を歩いていると並んだ八重桜の木々はまだ開花していなかった。夜の闇の中であったが、白い綿のような塊はまだ一つとして見られなかった…気がする。

 ところが翌日、朝の10時ごろ外に出ると八重桜があふれるように咲いている。

「いつ開花した!」

 思わずつぶやく。昨夜はきっと小さなつぼみの中で花びらたちが互いにせめぎあい会話を交わしていたに違いない。

「これでもか、まだ開かぬか!」

「ウーン、まだまだ!もう少し」

 春を突き動かすような鋭く見えない自然の力に驚く。

 このブログで何度か書いているが、いつの頃からかとても八重桜が好きになった。あれほど、しつこいようなこの花びらの集まりが嫌いであったのに…。人間の好みというやつは、いつからか、どこからか、何かのきっかけで変わっていくのだろうか。

               ※

 月曜日の一日。ほっておいた原稿にやっととりかかり始めた。もうまったなしの時間に迫られ、とにかく机の前に座ることにした。少しずつ心の整理をして何をどのように書くか悩む。レポート用紙の一枚におよそのプロットを立てて小見出しをつける。字数や行数を考えながら書き始める。ところがたいていその通りにはならない。話がどちらかに流れていく。言葉足らずでまとまりがつかない自分に愛想がつきる。猫のライラを膝に乗せながらぼんやりとテレビをつける。イチローが二塁に達していた。

 それから少ししてテレビを止めて再び机の前に座る。少しだけ形になったか…。溜息をつくとあたりはもう薄暗かった。