赤い三日月

 

 確かなものが

 いちどきに消えるとき

 無言の闇が訪れるのだろうか

 光を失う宇宙のように

 悲しみの喪失 そして痛み

 空を 大地を 海を 貫いて

     ※

 握られた手のひらから

大切なものが消えていく

 からだが引きちぎられる

 抉り取られた空洞を

響き渡る声なき声 別れの声

 幾度も 幾度も 波に向かって

“戻っておいで”と叫び続けるのだが…

 空には赤い三日月がかかっていた

     ※

 失われた時に

 始まりはあるのか

     ※

 思い出が繰り返される

 光の中で あなたは自転車に乗り 

 振り返り 笑いながら走っていった

「明日、また会おうね!」

セーラー服が風に舞って

    ※

歌声の弾む教室

卒業式の練習

 太く 低く 響く声

 細く 高く 澄み渡る声

校庭には小さな子どもたち

ランドセルを放り投げて

鉄棒でクルクルと前回り

    ※

 時が刻まれていく

惨いことだ

生きていることの不思議さ

     ※

新聞の死亡欄にのる被災者たちの

名前、名前、名前

名前、名前、名前

2歳が、3歳が、6歳が、12歳が

あらゆる年齢が

来る日も来る日も、限りなく…

     ※

一人の命の物語を思う

一人の命とつながる残されたものの残酷さを思う

     ※

赤い三日月が泣いている

夜が 太古の昔からつながるように

静かに呼吸する

それらは何も語らぬけれど

再びあなたが立ち上がることを

再びあなたが歩くことを

再びあなたが語りだすことを

再びあなたが生きることを

ながい時のむこうで 

ずっとずっと待ち続ける

ぼくらは、限りない日常と

時代の重荷を背負って生きる