栞
「そろそろH先生が来る頃だね。お話を聞きに行こう」
私は、時計を見ながら読みかけの本を閉じて立ち上がった。その時、ゼミ室の扉が開いた。「こんにちは」というやさしい声。
白いコートに身を包み黒の長いブーツをはいたHさんだ。
「やあ、よくいらっしゃいました」
遠いB県からわざわざ都留にやってきて、初等教育専攻の学生たちに現場のお話をしてくれるのだ。
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みんなが楽しみにしている時間。Hさんのお話が始まると、200人の学生たちがシンとして聞いている。自分とほとんど歳の違わない身近なH先生のお話、数年後、教師として子どもの前に立つ日を重ねているのかもしれない。子どもとの出会い、初めてクラスを担任したときの喜び、辛さ、困難…。乗り越えていく日々。
H先生の語りを私は何度か聞いているけれど、この日もまた込み上げるものがあった。
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終わって6時。佐藤隆先生がゼミ生たちとH先生を囲み食事をするという。私も混ぜてもらう。4年生の輪の中にHさんと入った。
「先生、K君のお話をブログで読みました。ぼくもM県に採用されました。春から教師として働きます」
「それはおめでとう」
「ぼくの友人たちが一緒にM県で教師になるのです。ときどき会って話をしています」
「いいね。自分たちで集まって、おしゃべりしたり愚痴を言ったり学びあえるといいね。M県には教科研に入っている人がいたかな」
「雑誌『教育』も読もうと思います。そして友人たちとの会を開いていきたいです」
「5・6人の会であっても君たちのお話を聞きたいね」
「先生、是非来てください」「チャンスがあったら行くからね」
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Hさんと佐藤先生と私と3人で、大月から特急『かいじ』に乗った。八王子駅近くなって佐藤先生がビールを注文した。あれあれ、立川まで5分しかないですよ。
そのときHさんが、冬休みに帰郷したのだろう、故郷のお土産を渡してくれた。詩人の詩が書かれた一枚の透き通った栞。
「ありがとう」
立川で別れて私は南武線へ。電車の中で分厚い文庫本を取り出して読み始めた。本を手にするこの時間が好きだ。文庫本には私の名前入りのブックカバーがしてある。これも若い仲間の教師からいただいたもの。今度はそこに、Hさんから頂いた栞を挟む。