クラッカーとケーキ
都留に一晩泊まって朝が来た。高い山々は、リンとした空気の中で朝日を受けて輝いていた。
木曜日の1限と3限はゼミ。8時半過ぎ、出勤の印を押して教務課を訪ねる。
「提出された卒論を取りに来ました」
部屋の奥に、紐テープで止められた卒論が積まれている。わたしのゼミ生の卒論もあった。
「9冊ですね」「確かに9冊です」
うれしさと安堵の気持ち。よかった、ゼミ生がみんな期日までに提出している。分厚い卒論を抱えて少し弾む思いで研究室に戻った。
※
午前9時。あれ、部屋には誰もいない。変だなあ、いつもなら二人くらいは現れる時刻なのに…。9時10分。始業のチャイム。
「あれ、どうしたのだろう。ゼミ生が一人も来ないなんて!」
「卒論を出し終えて、ほっとしてしまったかな…」
ぶつぶつと独り言をつぶやいていたそのときだ。ゼミ室のドアがぱっと開いた。4年生が笑顔でそろって入場してくる。手に手にクラッカーを抱えて!「何なんだ、これは…」私は首をかしげる。
「そうか、卒論を終えてみんなで祝おうとしているんだ」
※
「パン、パン、パーン!」
鋭い音がゼミ室に響いた。青い煙。キラキラと空を舞う折り紙。一瞬辺りは華やかな魔法の世界に変わった。
と、ゼミ生が横に一列に並んだ。M君の手にはトロンボーン。
「おいおい、ここまでするのか!」
唖然としていると、曲が鳴り始めた。
「♪ハッピバースデー・トゥー・ユー…」
みんなが、そろって歌を歌ってくれる。
「…!」
言葉がなかった。私の誕生日を祝ってくれているのだ。
「ありがとう。もう最高です。ありがとう」
繰り返し、繰り返し、私は彼らに感謝した。それにしても見事な企画と演出。若者たちにやられた。こみあげるものを堪える。
※
3限は3年生のゼミ。1時10分。みんなが集まってくる。Sさん、Oさん、H君、N君たちが席に着いた。扉の向こうにYさんたちがいる。
「あっ」と思った。だって、その手に大きなケーキが…。
「やられたな!」と思った。
「ジャーン」と言いながら、ケーキは私の机の前に。
ローソクが6本。チョコの板には『先生、お誕生日おめでとう』の文字が。そして、火が灯された。
「みんなありがとう! 本当にありがとう」
私は、うれしくてローソクの火を一息で消した。
拍手がいっぱい鳴った。ゼミ室に3年生たちの声が響く。
「先生、お誕生日おめでとうございます!」
ケーキはもう一人のYさんが用意してくれたナイフで10等分。ワイワイ言いながら食べた。
※
二つの素敵なプレゼント。どちらも互いに連絡をし合ったのではなく、それぞれ企画してくれた。何ということだろう。忘れられない一日となった。