バンクーバーで

 25年ぶりに海外に出た。どうなることかと思っていたけれど同行の佐藤先生やYさんに助けられて病気もせず無事日本に帰ってきた。

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 12月5日、JL17便で夕刻成田から日本を飛び立つ。同日の朝9時40分、バンクーバー着。ほっと一息。それから、いよいよ入国審査。

「あの厳しそうな人のところには行きたくないな」

と思っていたら、係りの人がそこに行けという。7・8人もいる入国審査官の中でよりにもよって、この人物にあたるとは…。

「何の目的でここに来た」

強面の係官が聞く。ひげを生やしていて眼光鋭い。

「観光です」

「大学に研修に来た」なんて答えちゃダメだよ、と佐藤先生から言われていた。「それを言うと、かなりしつこく聞かれるからね」とのこと。それから彼は言った。

「どこに泊まるのか」

「うっ」とつまる。

「ええと、ええと…。サットン、サットン…、何て言ったかな」

 あれれ、日本語が出てしまった。

 先生任せでホテルの名前を覚えていなかったのだ。動揺しながら、心の中で(まてよ、待てよ。確か日本語で場所を意味した単語だったな…。そうだ!)

「サットン・プレイス・ホテル!」

 嬉しくて得意そうに言った。

「そこからどこかへ行くのか」とまたしつこく尋ねてくる。

「ノー!どこにもいかない」と答える。

「どのくらいいるんだ?」

「一週間です」

 彼は、私の下手な英語を聞いてかわいそうに思ったのだろう、そこまでやりとりすると、突然にっこりしてペタンと印を押してくれた。それから満面の笑みを浮かべて言った。

「素敵な滞在になるといいね」

 この人にこんな笑顔があるのだ!私はうれしくなって「サンキュー」と大きな声で答えた。

 無事入国審査を終えて向こう側に行くと、まだ佐藤先生が出てこない。審査官につかまって問答しているのだ。長いやり取りを終えてやっと先生も出てきた。

「いつもこうなんだよね」

と彼はつぶやく。

 空港からバンクーバーのダウンタウンまでタクシーに乗る。険しく高い山々がビルの間に白い雪を抱いているのが見えた。今の時期、雨が多く、晴れるのは珍しいという。